Vampire

□朝の匂い零れる光
1ページ/1ページ






窓から吹く風。
朝の匂いが立ち込めていた。


「一条先輩」


 ん、と本から声の方に視線を移すと、優姫ちゃんがいた。
カーテン越しにこぼれてくる光を、眩しそうに手で翳しながら、僕の方へと近づいてくる。

「眩しくないんですか」
「うん、眩しいよ」

 眩しいけど、嫌いじゃないんだ、そういうと、優姫ちゃんは「そういうとこ、相変わらずですね」と小さく笑った。優姫ちゃんは枢が氷の棺で眠ってから、愛ちゃんが生まれてから、玖蘭家の当主になってから、少しずつ変わってきたと思う。いや、変わらざるを得なかったんだろうね。

「愛ちゃんは家でお留守番?」
「可愛い顔ですやすや眠っています」
「そっか。だから今日は君一人だったんだ」

 優姫ちゃんは僕を通り越して、「閉めてもいいですか」と僕の許可を取ってから、カーテンを隙間なく閉めた。それでも、風で時々ちらちらと光がこぼれてくる。それを眩しそうに目を細めている。例えばそういうところ。吸血鬼という生き物になってから、光を嫌うようになったんだよね。前は、太陽の光で満ちている世界で、日向のような明るい笑顔を振りまいていたけれど――。

「愛ちゃんに会いたかったなぁ」
「駄目です。一条先輩は枢のことを悪く言うから」
「だって本当のことでしょ。それに愛ちゃんの方から聞いてくるんだもん」
「もうちょっと美化して教えてあげればいいのに」
「現実はそう甘くないって教えておかなくちゃ」
「意地悪ですね」
「正論を言っているだけだよ」
「はいはい、分かりました」

 例えばそういうところ。前はもっと純白な天使のように可愛らしかったのに、今は僕のことを冷たくあしらったり、毒舌をはいてみたり。まぁそれも、玖蘭家のなせる血筋故か――。

「一条先輩」
「うん?」
「さっきから、私が変わったなぁって思っていたでしょう?」

 ぎくり。いや、思ってないよ? いや、思ったかな、うん。あはは……って笑ってごまかしてみせると、優姫ちゃんは肩を少し落としたようにして、「私もそう思います」と言った。

「優姫ちゃん?」
「あの日々を振り返っても……どうやって生きていたんだろうって、思います」

優姫ちゃんは続けていった。

「純血種という種になって……見える世界が変わりました。愛が居て、零がいて、一条先輩みたいに私を支えてくれる人がいるから――私はまだあの頃を忘れずにいられるんです」

 優姫ちゃんは気にしていたのか。変わっていく自分を――だとしたら、僕が思っていたことを敏感に感じ取って、少し、傷ついていたんだろうか。

「……人間だった頃も、吸血鬼になってからも、優姫ちゃんは優姫ちゃんだよ」

 大丈夫だよ、君は君さ、と諭すと、そうですか、とまだ納得できない表情を浮かべて、カーテンがかかった窓に凭れかかった。僕は手元にあった本を閉じて、あのね、と彼女の方に向き直る。


――何も知らずに笑っていたあの頃の世界と、今の君が置かれている世界は表と裏のように大きく違っている。正直、今の世界の方がずっと厳しい。君は純血種という立場になってから、社会の醜さとか理不尽さとか、嫌と言うほど経験してきただろう。それでもなお。


「君は強くなったんだよ。玖蘭家の当主としても、母親としても――」


 僕の扱い方が少し冷たくなったのは、流石玖蘭家の血筋だね、と笑ってみせると、優姫ちゃんは少しだけ明るい表情になった。

「強くなった……確かに、そうかもしれません」
「うんと強くなったよ」
「……私は私のままでいいんですね」
「そうだよ。優姫ちゃんは優姫ちゃん。」

 優姫ちゃんは、やっと陽だまりのような明るい笑顔を浮かべて、ドアの方へと駆けた。そして、くるっと振り向くと、僕の名を呼んだ。

「先輩!」
「うん」
「枢に会ってきます」
「行っておいで。お待ちかねだよ」
「焼きもち妬いてなかったらいいけど」
「もう既に妬いてるよ」

 ふふふ、行ってきます、そう言うと、優姫ちゃんは、枢の眠る地下室へと向かった。たたた……と駆け足の小さくなる音を聞いていると。

 ぴゅうと強い風が吹いて、カーテンからたくさんの光がこぼれた。眩しい。きらきらとこぼれる光。不思議とね、僕は嫌いじゃないんだ。何でだろうね。少し考えながら、宝石のように輝く光を見つめていると、かつて人間だった頃の優姫ちゃんが重なって見えた。

 ああそうか。光があるから、闇がある。それは表と裏のように一対になっている。僕らが闇の中で生きていれば、自然と光を求めてしまう。逆に光の中で生きていれば、闇の中で安心して眠りにつける。そういうものではないかなぁ。


 だからね、優姫ちゃん、君は君のままでいいんだよ。






-fin-

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]