Vampire

□千年のシンデレラ
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一条家の別荘の地下でそれは執り行われた。
豪華な定例夜会ではなく、夜会というには小さすぎる夜会。
それは当主である一条拓麻の“久しぶりに懐かしい面子で騒ぎたいね。あと僕による重大発表もあるから招待されたものは来るように♪”という意向によるもの。

パーティーに招待された者は、藍堂家、架院家、早園家、支葵家、遠矢家、そして、玖蘭家。つまり、一条が信頼を置く黒主学園時代の友人のみだった。そして護衛としてハンターが一人いればいいだろうとのことで、零も招待されていた。

ベージュ色に統一された、優しい気品に満ちた明るい会場。
そこに集う者は懐かしい顔ぶればかりだったが、この日は一条の重大な発表があると事前に伝えていたので、やや緊張した空気に満ちていた。
上等な紺色のベルベットスーツを着こなした藍堂は、一条の重大な発表とやらが気になって仕方がないという風に、そわそわしていた。
「おい。一体、なんの重大発表なんだ?」
「多分、婚約発表よ」
「結婚ならわかるが、婚約にしては大げさ過ぎないか?」
「さあ……」
藍堂と早園がこそこそと予想を話している。
「おい、来るぞ」
架院が二人に声をかける。
会場の扉が開かれ、一条が現れた。エスコートする彼の後から現れた女性は――赤毛の美しい純血種の吸血鬼だった。彼女の登場に、周りが一気にどよめいた。

「皆、お待たせ。実は僕に婚約者が出来ました。彼女がそう、僕の婚約者……緑青鈴夏さんです」

そう言って一条ははにかみながら、周りに彼女を紹介した。エメラルドグリーン色のイブニングドレスを身にまとった彼女は、周りを一瞥して軽くお辞儀をする。
「ご紹介があったように、私は緑青 鈴夏と申します。何千年も昔にこの世界から姿を消しましたが、彼と出会って――この世界に戻って新たな人生を彼と共に歩むことを決心致しました。どうぞ仲良くして下さいまし……」
凛とした佇まいで、彼女はもう一度深くお辞儀した。

どよめきはおさまらなかった。
何せ、何千年も昔に姿を消した姫がもう一度、吸血鬼界に現れたのだから。それも、一条の婚約者として。緑青家という名前も、今となっては貴族の吸血鬼の知識の片端として残されているぐらいで、知らない者も多かった。一条が何故わざわざ小会を開いてまでして、婚約者を紹介したのか――参加したものはその理由が理解できた。
「一条!!」
藍堂が大きく声を上げる。ガツガツと強い歩調で歩み寄る。一条がきょとんとして彼がやって来るのを困惑気味に待ち構えた。
「藍堂……」
強い眼差しで一条を射止めるが、ふっと優しい笑顔になった。
「お前って本当に水臭いヤツだな……でも、心から祝福する。おめでとう」
その言葉に、一条がほっとした表情に変わる。
「……ありがとう」
鈴夏がその男は誰だろうと見ていると、彼と目が合い、上品に貴族らしく膝付かれた。
「ご失礼いたしました。藍堂英と申します。一条とは古い友人でいつもお世話になっています。どうぞお見知りおきを」
「え、ええ……よろしくお願い致します。一条からは貴方のことを聞いているわ」
にこり、と鈴夏は微笑み返した。そう、彼は一条が趣味でからかっている玩具、いいえ。友人。
「藍堂に同じく……架院暁と申します。婚約おめでとうございます」
続けて架院も膝ついた。夕陽を思わせる髪をした彼は、頼もしい人だと聞いていた。
「ありがとう……架院さん。貴方にも逢えて嬉しいわ」
「光栄です」
「拓麻様、鈴夏様、ご婚約おめでとうございます」
 にっこりと微笑みながら、瑠佳が挨拶を交わしてくれた。一条は今までの経緯を思い出し、
「……瑠佳、ごめんね。今まで――」
「いいんですのよ。良かったわ、ちゃんと相手がいて」
「ありがとう。この方は早園瑠佳さん。藍堂と架院の幼馴染で、架院の婚約者だよ」
「ええ、よろしく、瑠佳さん。美しい方ね」
そういうと、瑠佳が嬉しそうに頬を染める。まあ、貴女の方が何倍もお美しいですわ、と言いながら、満更でもない様子だった。可愛いひとだと彼女は思った。
「……一条。言っておくが、何で僕らに言ってくれなかったんだ?」
「そうだな」
「そうですわよ」
純血種の君だなんて知らなかったぞ、とちらちらと藍堂が鈴夏の方を見ながら、拗ねたような口調で一条をつつく。
「ごめんごめん。ちょっと皆を驚かせたくて」
 けろりと笑ってみせる一条。藍堂も架院も瑠佳も、流石にこればかりはと言いたげにため息をついた。
「少なくとも俺らには言ってくださいよ」
「……君らを信頼してないわけじゃないよ。ただ」
一条はそう言うと鈴夏の肩に手を回し、自分の方に引き寄せた。
「独り占めしたかった、なんてね♪」
おどけてみせる一条に、三人は盛大なため息をついた。
「ふあぁ……懐かしい顔ぶれが揃ってるね」
飄々と現れた千里と莉磨。
「あ、千里! 莉磨!」
一条が嬉しそうに顔を輝かせる。千里も莉磨も「婚約おめでと。あと久しぶり」となんて相変わらず気の抜けた挨拶を交わす。
「一条さんがお世話になっています。支葵千里と……妻の莉磨です」
あどけなさが残る人形のようにかわいい2人は、一条の話によく登場してくる人物だった。ああ、この人たちだったのね、と##NAME2##は思いながら、微笑み返した。
「宜しくね。拓麻からよく聞いているわ。彼の言う通り可愛い2人たちね」
莉磨はかぁっと顔を赤く染め、可愛いだなんてと照れていた。千里はというと。
「……鈴夏さんの血、おいしそーだね」
事もなげに一条の前で爆弾発言を言って見せる。けろりとしている度胸の据わっているところが、千里らしく。「千里?」と笑っているけど口元が引きつる一条に、莉磨が慌てて、いや、怒って千里の頭を叩く。
「こら! 千里!」
「いたい……莉磨。冗談だってば」
可愛い2人の可愛いやり取りを見て、鈴夏は笑いがこみあげてくすくすと笑った。
「可愛いわね、二人とも……」
「でしょ? 可愛いんだ」
すっかり緊張がほどけていき、鈴夏柔らかい笑顔を浮かべた。その瞬間。


バーン!!


と勢いよくドアが開く。周りがその音に注目する。
「ごめんなさい! 愛がなかなか寝てくれなくて……って……」
そこに立っていたのは、白いイブニングドレスを身にまとった優姫だった。後から続いて息切れしたヴァンパイアハンターの零が現れる。
「あ、優姫ちゃん! 零くん! 待っていたよ!」
一条がここに居るとばかりに手を振る。
鈴夏は一目で、背中まで伸びた焦げ茶の髪が美しい彼女こそが、玖蘭家の末裔の娘だと分かった。純血種の中でも王族たる吸血鬼。そしてこの世で一番若い純血種の吸血鬼――。
樹里の面影によく似ていて、思わず優姫の方に駆け付けた。

「優姫!お前、いくらなんでも走り過ぎだろ……!!追いかける身にもなってみ――」
「ごめん、ぜ――」

鈴夏は思わず優姫を抱きしめた。
樹里とよく似ていたから――。
彼女から、懐かしい玖蘭家の匂いが広がる。

いきなりのハグに周りはどよめき。
「え、えっと、あの……」と慌てふためく優姫に、あーいいなーなんてのん気な一条の声が降りかかる。後ろにいる零は何が起こっているのかよく分からず呆けている。

「逢いたかったわ」
ひしと抱きとめられて、優姫の両手が空を泳ぐ。
「あ、ありがとうございます。あの……私、玖蘭優姫です。貴女は……?」
鈴夏はハッとして、優姫からぱっと離れた。それから困ったように笑って「ごめんなさい」と謝る。
「優姫ちゃん、この女性は僕の婚約者……緑青 鈴夏さんだよ」
困惑する優姫に、一条がにこにこと微笑みながら説明した。
「緑青、鈴夏さん……」
優姫のまん丸くて大きな瞳が鈴夏を捉える。彼女はそんな優姫が愛おしく感じられた。
「鈴夏でいいわ。貴女の母、樹里を知っていたの。だから懐かしくて……」
樹里、と聞いて優姫の身体が反応する。
「私の母をご存じだったのですか――?」
「ええ。樹里と悠がまだ幼い頃に、玖蘭家のお世話になったことがあるの」
貴女は本当に樹里に似ているわ。いいえ、優しげな瞳は悠にそっくりね、と懐かしそうに翡翠色の目を細める。優姫は鈴夏の手を取って、まん丸い瞳を真っ直ぐ彼女に向けた。
「鈴夏さん。私まだ母のこと知らないことがあるんです。教えてください」
「ええ、幼少の頃でよければ」
共通点が見つかったことで、優姫はすっかり彼女になつき、二人の距離が一気に縮まった。

微笑ましいひと時。瑠佳がそっと一条に耳打ちをした。
「……拓麻さま、まだ祝杯を挙げていないでしょう?」
あ、そうだったね、と一条がぽんと手打ちする。

「鈴夏さん、こっちおいで」
手招かれて一条の傍に来た彼女に、一条はグラスを手渡した。
「乾杯だよ、鈴夏さん」
鈴夏はふわりとほほ笑んだ。
すう、と一息吸うと、一条は明るい一声を上げた。
「みなさーん、やっと全員揃ったことだし、僕らの婚約を祝って祝杯を挙げてくれるかなー?」
ぱああと明るい吸血鬼らしくない笑顔で。
「当たり前だろう、祝わない訳がない」と藍堂。
「こんなに笑顔な一条は久しぶりだな」と架院。
「ええ、本当に。幸せそうね」と瑠佳。
「ふあぁ……かんぱ〜い」と千里。
「こんな時にあくびしないの!」と莉磨。
「めでたいな」と零。
そして、
「一条さんと鈴夏さんの婚約祝いを以て!」と優姫。

「かんぱ〜〜い!」
全員が一条と鈴夏の婚約を心から祝った。優しくて温かなひと時だった。鈴夏も気の優しい吸血鬼たちに囲まれ、いつの間にか輪の中に入って笑うようになった。一条にとっても鈴夏にとっても、忘れられないひと時だった――。








 
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