Vampire

□千年のシンデレラ
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外はもう朝日が昇ろうとしていた。
鈴夏は久しぶり過ぎる夜会に少し疲れて、離れのデスクで腰かけていた。一条が藍堂をからかいつつ、楽しげに黒主学園の昔話を繰り広げている様子を見守りながら――。

「鈴夏様」
すると、瑠佳が近づいてきた。
「あ……瑠佳さん」
「隣、座っても宜しいでしょうか?」
「ええ。私が純血種だからって遠慮は無用よ」
「ありがとうございます」
「一目逢った時から、貴女は美しくて聡い女性だと思っていたわ。暁さんは幸せ者ね」
瑠佳は何気なく放った鈴夏の言葉が素直に嬉しかった。
「そんお言葉頂けて……光栄ですわ」
「ふふ……拓麻ってあんな風にふさげたり、笑ったりするのね」

鈴夏が目を向けた先は、藍堂と一条と優姫が一緒になってぎゃあぎゃあ騒いでいる。みんないい年して、若い時に戻ったかのように生き生きしている。

「はい。昔から黒主学園に居た時はああやって皆を笑わせていたんですの。拓麻さまは人一倍気配り上手な方でしたから」
「そうなの……」
「でもお人好しで、情に絆されやすい所もあるから、心配だったんですの」
「ふふふ、それは言えてるわね」
「でも、鈴夏様がついているなら、大丈夫だって安心しましたわ」
「まぁ……貴女も大変ね。色んな方の心配をして――貴女はもっと自分のことを心配した方がいいわよ」

ほら、貴女のお腹の子も……ね。
「え、お腹……?」

瑠佳―そろそろ帰るぞーという声が聞こえた。
瑠佳は驚きに目を張りつつ、その声に今行くわ、と短く返事した。

「もうすぐお開きみたい。またお話しましょ、ね」
「またゆっくりお話ししたいですわ」
「ええ。また。あ、身体は冷やしちゃダメよ。うんと温めてね」
鈴夏の言葉にまた顔を赤くして、慌てて暁の方に駆け寄った。どうした?と暁が不思議そうにしているのを、ううん、何でもないの――と嬉しそうに瑠佳が微笑む。

その初々しい夫婦の姿を見て、鈴夏は自分がまだ若かったころを思い出した。私もそうだったわね、なんて懐古にふけっていると――。

「鈴夏さん、見つけたよ」
後ろから抱きしめられる。
気配を消していたから彼女でも分からなかった。
「拓麻。気配消すの上手ね」
「伊達に一条家の当主やっている訳じゃないからね」
「そうなのね」
「今からみんなを見送るよ。その後は―――」
続きは言わなかったが、合図の代わりに一条は鈴夏の白い頬にキスを落とした。彼女はそのキスを受け入れて、小さく微笑む。そしてすっと立ち上がると、差し出された一条の手を取った。
「早く行かないと帰っちゃうわ」
「うん、そうだね」
行こうとすると、繋がれた手は先を行こうとしない。
何かしらと振り向くと、一条が真剣な眼差しを向けていた。
「僕と一緒に来てくれてありがとう」
その瞬間、彼が何を言いたいかが分かった。鈴夏は微笑って首を振った。
「……お礼を言うのは私の方よ、拓麻」
ほら早く、と彼の次の言葉を言わせる前に急かした。
そうでもしないと、彼は「でも――」と彼女の本心を確かめたがるだろうから。


――死にも等しい長い眠りから起こしたのは貴方だった。
けれど、長い哀しみから救い出してくれたのも貴方だった。
そして、貴方と一緒に行くと決めたのは、この私。
これから先、“純血種”という逃れない宿命に再び苦しむことになろうとも、
どんな苦しみや哀しみが待ち構えようとも、この選択に一切の後悔はないわ。


それよりも、今。
今は、地平線から顔を覗かせる太陽がまぶしくてきれい。
こんなに幸せで、清々しくて、満たされた気持ちになったのは久しぶりだった。
これを“希望”というのなら、そうなのだろう。

鈴夏はきらきらと輝くものを胸に抱き。
そして、上っていく太陽よりも眩い赤毛を揺らしながら、次々と帰っていく友人を見送った。





-fin-

 
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