Vampire

□ありふれた朝
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ねぇ、とお父さんが私を呼んだ。

閉じていた目を開けて、ゆっくり首を傾けてお父さんの方を見やる。
お父さんは天井を眺めながら何か考え事をしているようだった。
恋はもう起き上がったのか、キッチンの方から朝食を作っている音がする。
ベーコンと、卵と、パンと、それからデザートにフルーツ。
恋はいつも、お父さんの身体のことを思って、栄養バランスのいい料理を作ってくれる。流石もう一人のお父さんに似ているだけあるだなぁと思いながら、背伸びをひとつした。でもベッドから起き上がる気はまだ湧かなくて、横になったまま、くるりとお父さんの方に身体を向けてお父さんをじっと見つめた。まだ彼は天井を仰いだまま、ぼんやりしていた。ねぇ、と言ったのはお父さんの方なのに、何も言ってこないものだから、

「どうしたの」

と尋ねた。すると、「うん……」って言いながら、私の頭を優しくなでる。ゆっくりと。
きっと、彼は今、最愛のひとだった、お母さんのことを考えているんだろう。あるいは、何時とも知れない遠い記憶を探っていたのだろう。ワインレッドの瞳は、はるか遠くを見つめているようだった。
時々、そんな瞳をする。そんな時、私は少しだけ、お父さんが遠くに行ってしまうような気がしてしまうのだ。

「――いつもこうやって撫でてもらってたなあ」

私はお父さんの方に目を向けた。ゆっくりと私の方を見てくれた。彼はいつも、お母さんの話になると、どんなにぼうっとしていても、どんなに考え事をしていても、こうして。

「……彼女に?」
「うん。こうやって撫でてもらって……気が付いたら眠っていたの」
「そう……魔法みたいだね」
「お父さんがお母さんに教えた魔法よ」
「僕が?」
「そう。お母さんいつも言っていたもの。
 お父さんが撫でてくれる優しくて大きな手が好きだったって。
 撫でてくれたら、悲しい時は勇気がわいて、不安な時は安心して
 眠りにつける。そんな魔法の手だったって」
「……そう……」

そういうと、お父さんは私を撫でる手をとめて、愛おしそうに慈しむように、優しく微笑う。その微笑みが見たくて――私はいつもお母さんの話をする。今までに、彼の話をたくさんしてもらったように。
彼への愛情を語ってもらったように――。



「愛、父さん、ごはんだよー」



恋の声がした。朝食ができたらしい。
ベーコンと、卵と、パンと、それからデサートにフルーツ。
ベッドから立ち上がって、「お父さん、行こう」と呼びかけると、彼は穏やかに微笑んで頷いてみせた。



 

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