Vampire

□ブルーモーメント
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 雲がない空気の澄んだ日にだけ訪れる、ブルーモーメント。
 太陽の光と闇夜のふたつの世界が重なり、ゆっくりと、瞬く間に溶け合う空の色。
 夜明け前と日没後の、僅かな合間にしか訪れない、ブルーモーメント。

 綺麗だ。それに、静かだ。
 地下では雅やかな夜会が繰り広げられているだろうが、諂う笑顔、上辺だけの言葉、むせ返るような香水と血の匂いに苛立ち、倦んだ銀髪の男は、逃れるように地上に出て、こうして煙草を吸っている。夜明け前と独りはいいものだ、と男は煙を吐きながら思った。

「よお、ハンターさん」

 サボりか? とからかい半分、親しみ半分込めた声。銀髪の男は、声のする方にちらと一瞥した。同じ動機で地上に上がったのだろうか。ワインレッドのパーティースーツに映える、赤毛の混じった金髪に、精悍な顔つきの美しい男が、口元を微かに上げて微笑っていた。

「……アンタもか」
「ああ、うんざりだ」
「……同感だ」

 無機質なコンクリート製の建物が、ブルーモーメントの光に染めあげられ、濃い影を落とす。
 その影の中に、2人の男は立っていた。特に言葉を交わすこともなく、ただ黙って、壁に凭れて立っていた。煙草を咥えながら壁にもたれていた銀髪の男は、コートのポケットから、口にしていたものと同じものを取り出した。

「吸うか」
「……一本貰おう」

 男から一本受け取ると、赤毛の男は自分の指から火を出し、煙草に火を付けた。もう一人の男はそれを見て、「便利だな」と少し笑った。「ああ、便利だろ」と火を付けた男も少し笑って、それから煙をくゆらせた。

「……煙草、吸うのか」
「ああ」
「いつからだ?」
「さあ……気がついたら吸ってた」
「……そうか」

 また無言になって、2人ともブルーモーメントを眺めていた。蒼い空が朱の光に押し上げられ、染めあげられ、蒼と朱の競演がもうすぐ終わろうとしている。どちらも綺麗だなと零すことはなかったが、同じことを思いながら、眺めていた。なぁ、と赤毛の男が言葉を発した。

「姫さんとは、上手くいっているのか」
「一進一退といったところだ」
「そうか」
「……そっちは」
「婚約を呑んでくれた」
「そうか。それはよかったな」
「ああ。待ったがいがあったよ」

 そう言うと赤毛の男は少し苦笑した。銀髪の男も、ああ、そうだな、とつられて苦笑いした。お前も待ったら、いつか振り向いてくれるよ、と遠回しに言われているような気がした。銀髪の男は、愛しい女の顔を思い浮かべながら、息を思いっきり吐き出した。微かに芽生えた焦燥感や羨望やらを、かき消すように――。
 その煙は主の想いなぞ知らぬ、というように、ゆらりふわりとたゆたい、明るくなった空へと昇っていく。

 ブルーモーメントは一日の終わりを告げていた。








-fin-

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