Vampire

□死にたがりやと強欲な娘
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「お腹が空きましたわ」
「おや……食いしん坊ですね。所謂花より団子、ですか?」
「だってなかなか会ってくれないんですもの」
「ふふ……困りましたね。此処は薔薇園ですよ」
「満月の下、色とりどりの薔薇が咲き誇る中で、互いの血を分け合う……素敵なことではなくて?」
「そうですね……それもまた、一興かもしれませんね」
「でしょう?」

 ねぇ、黄梨様。
 と更が誘うように白い手を肩に乗せると、彼は困ったように微笑む。

「わたしの血は不味いですよ」
「ええ、知っていますわ」
「なのに?」
「欲しいものは欲しいのですわ」
「全く……強欲ですね」
「ええ。そうなんですの。だから、下さいな」

 黄梨は、それでもまた血を分け合うのを渋っていた。

「昔は“食事”というだけで頬を染めていた貴女がね……」
「それはもう遠い昔のことですわ」
「何年前のことでしょうか?」
「さあ? 覚えていませんわ」
「二十年前か、三十年……いや、五十年も過ぎましたか?」
「さあ……わかりませんわ」
「人間の年で言うともう――」
「野暮ったいですわよ、黄梨様」
「ふふふ……」

 ねぇ、黄梨様、と、猫の鈴声のように甘く強請ると、黄梨は諦めたように微笑って、仕方がないですね、と更に合わせて、少し屈んだ。更は、そっと顔を埋めると、蒼白い首筋に牙を立てた。ぷつり、と溢れ出す赤い血。生々しい音を立てて吸う更に、黄梨は尋ねた。



「私の血は不味いでしょう?」


 しばらくして、更が牙を外して、黄梨を見た。ギラギラと赤く光る瞳に、血まみれた口元は、散らされた薔薇の花びらのよう。そんな更を見た黄梨は、少しだけ瞳を細める。
更は、ぺろり、と美味しそうに舌なめずりをして、答えた。

「ええ。不味いですわ」

 黄梨も純血種の身。その血が美味しくない訳がないのだが、彼は自分の血が不味いと言ってほしいというように、あるいは、そうである違いないと思い込むための理由が欲しいというように、更に聞くのだった。

「なのに?」

 そう聞いて、更の肩を抱いて、ブロンドの髪を優しく撫でた。不味いのなら、無理に吸わなくていいんだよ、というように。更は、小さく微笑った。黄梨が血を吸い合う行為を好まない理由は、自分の血が不味いこと以外にもあるということは、何となく予想がついていた。けれど、予想がついていたところで、どうなるということでもない。ただ、こう強請れば、彼は拒むすべもないのだと知っているから――。

「……婚約者なのに、血を分け合わないなんて、寂しいですわ」

 そうでしょう、黄梨様。
 そう言って、更は吸血鬼らしく、美しく微笑んでみせると、もう一度、黄梨の蒼白い首筋に噛み付いた。







  
-fin-

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