光。
眩しい。
初めて見た――。
息が、止まりそうだった。
見たことのない、うつくしさに。
感じたことがない、あたたかさに。
木漏れ日というものが、どういうものか知らなかった。
木々の間から差し込んでくる光が、こんなにも優しいなんて、知らなかった。光に透かされ、影となりながら、重なり合う葉と葉。そのすき間から眩しいぐらい青い空が覗いている――。
陽だまりの香りがするそよ風が吹く。心地いい。
綺麗だと思った。
綺麗だと思ったのは初めてだった。
何故だろう。
綺麗だよ、と誰かに伝えたいと思った。
その誰か、とは一体、誰なんだろう――。
誰なんだろう……?
その一瞬、戦場に立ち尽くす一人の少女の顔が脳裏に浮かんだ。
茶色がかかった長い黒髪を靡かせ、髪の毛と同じ色の真っ直ぐな瞳を僕に向けている――。
ああ、君だ。
僕は、君に伝えたかったんだ……綺麗だよって……。
「あの――ちゃんと話聞いてます?」
「無駄かも……人の話を聞かない人だってお母さんが言っていた。 ……もう一人のお父さんも言っていた」
はっと我に返ると、目の前に黒髪の少女と銀髪の中性的な子が、僕を見つめていた。
二人とも心配そうに、けれど苛立ちや哀しみを含んだ複雑な表情で。
さっきから何か色々と話してくれていたようだけれど、覚えていない……。ただ、二人ともずっと前から知っているような気がした。
ぼんやりと二人の顔を眺めていると、黒髪の少女がもどかしそうに苛立ちを含んだ声で、まくし立てた。
「吸血鬼の因子と一緒に記憶も全部封じられていると思いますけれど、知らないままでいたほうが幸せなんて限らないと思います!」
その後、哀しげに俯く。
その表情は、切々として僕の胸に突き刺さるものがあった。
「……というか、千年の間のこと知っていてくれないと、やだ……」
「姉さん……」
――そんな顔をしないで……。
二人の言うとおり、僕は全て忘れてしまっているみたいだ……。
記憶の箱があるのは知っているのに、肝心な鍵をどこかに無くして、中身を無理やり閉じ込められているような感じだ……。
けれど、これだけは分かるよ。
唯一思い出せるあの少女が、僕の大切なひとだということ。
大切なひとは、もうこの世にはいないということ。
そして、君たちが、彼女の遺した子どもだということ――。
二人が哀しい表情を浮かべる理由がはっきりとは分からなくて、けれど、そんな表情をさせたくなくて、僕は手を伸ばし、二人の頭を引き寄せ、ぽんぽんと頭を優しく撫でた。
僕は何も知らない。
だから――。
「……千年の間のこと、もっと話してごらん……」
僕に、教えて……。
千年の間に何があったのか。
僕の大切なひとはどんなひとだったのか。
君たちは何を見て、何を感じてきたのか……。
なぜ、僕がこんなにも光に、木漏れ日に感動しているのか……。
僕は、何も知らない。
だから、教えて……。
-fin-
原作memories1「あなたが好きです」の最後の部分を枢sideから想像してみました。初めて見る光に手をかざして、微笑む枢に、すごく心を揺さぶられます。