Vampire

□プロヴァンス風の家
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夜明け前の薄い紫紺のヴェールに包まれて、しんと静まり返った丘陵地。
見渡す限り、美しい田園風景ばかりが地平線の向こうまで広がっていた。
その中にぽつんと建つ、プロヴァンス風の家。辺りは何もない。何本かの糸杉が行列するかのように並んで生えていたり、雑木が所々寂しそうに生えているだけだった。村の方に行けば、ぶどう畑やオリーブ畑もあって賑やかなのだろうけれど――。
愛は、白く塗られた窓縁に腰掛けながら、母の言葉を思い出していた。




……彼にはね、全く新しい場所で新たな人生を歩んで欲しいの。それも、太陽が一年中降り注ぐような、明るい場所で……




初めてこの家にすると知った時は、正直戸惑った。
何せ、飛行機に、地下鉄道に、自動車にと、様々な乗り物に乗り継いでいかないといけない、遠い場所にあったからだ。
それに今までの環境とは全く違う、新しい土地で、不安も大きかった。
百聞は一見に如かずということで、家の中の隅々まで見てみると、広すぎず、三人と数人の召使と住むには、丁度いいところであると知った。しかし、外に出て美しい田園風景ばかりが広がる草原を見渡すと、些か不便だし、寂しすぎるのではないか――と思ったのだ。
母に本当にここにするのかと再確認すると、「ええ、ここに決めたいの」ときっぱりと言い、強い決意の滲んだ横顔がまぶしくて――母がそう決めたのなら、と思ったものだ。





真っ白な外壁の、プロヴァンス風の家。
軒の出が少なく、赤瓦の屋根の素朴な造りは、一年中日差しが降り注ぎ、やや乾燥気味な気候に適していた。質素ながら上品で、年月を重ねるごとに風合いを増していくような家だった。母は、この家とこの家から見える眺めを気に入っていた。
愛は、片足を曲げて、こつんと立てた膝の上に頭を乗せた。






きっと、彼も気に入ってくれると思うの。
そうね、彼がここで生活している景色が自然と思い浮かぶからかしらね。






母の言うとおり、枢はこの家にすぐ馴染んだ。
住めば都というものだろうか。愛自身もすぐに慣れた。
人気が少ないこと、空気が綺麗だということ、星空が透き通るように美しいこと……不便な代わりに、都会にはない良いところをたくさん見つけた。だから、愛自身もここでの生活を気に入るようになった。


母の真っ直ぐな眼差し、強い決意の滲んだ横顔――。


「敵わないなぁ……」


愛はくすりと微笑った。
すると、廊下の方から足音が聞こえてきた。父だと分かった愛は、膝から首を起こし、近づく足音に耳を立てた。
少しして現れた父は、愛がいると想定していなかったらしく、僅かに目を丸くしている。それを見て、愛は予想通りだというように微笑った。




「愛、もう起きたの?」
「お父さんこそ」
「うん、何だか眠れなくてね……」
「私もよ、何だか目が冴えちゃって」


種属の違いはあれど、たまにこんな風に時間が合う時がある。
それが何だか可笑しくなって、



「「……ふふふ……」」




夜明けの中、二人して微笑った。







-fin-




戦後に建てたあの場所は、誰が選んだのだろうと想像しました。間違いなく優姫だろうなぁと。もしも愛が、あの家で父と母揃って暮らしてみたかった、という想いがあると、切ないですね。

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