Vampire

□ネモフィラの畑
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血は雄弁に語る。
遠い過去の記憶も、胸に秘めたる想いも、何もかも――。


青空をそのまま写し出したように、辺り一面に咲き誇る、ネモフィラ。
まあ綺麗なこと、と見惚れていると、青い花畑の中に、幾つもの白い十字架の墓石が建てられていることに気がついた。青い花と墓石、その妙な組み合わせが寂寥感を誘い、優美で幻想的な世界を創っていた。

いくつもの墓石の中から、一人の少女がすっくと立ち上がったのが見えた。真っ白いワンピースが、風に吹かれて柔らかくはためいている。後ろ姿だけで、顔は見えない。麦わら帽子から覗く、ショートヘアの金髪。健康的な肌色をした手には、ネモフィラの花。墓石の前に立ちながら、心地よさそうに風を感じているのか、空を仰いでいた。しばらくして、こちらの視線に気がついて、彼女がゆっくりと振り向こうとした時、突風がざあっと吹いた。

ネモフィラの花がさざ波のように揺れる。
空に舞う麦わら帽子。靡く金髪の髪。ちらりと覗く桃色の唇。
金で縁取られた瞳が、そうっと開く――。


「……あまり覗かないで下さい」


静止する声と、やんわりと身体を引き剥がされることで、更は我に返った。吸いすぎたとは思ったものの、反省の色は全く無い。

「――ごめんなさい。だって」
「お腹が空いていたと云って、覗くのははしたないですよ」
「ええ、でも――黄梨様のことをもっと知りたかったの。婚約者なのに、あまり話してくれないものですから」

黄梨の婚約者というには、まだ幼く、無邪気で、残酷だった。まだ数十年しか生きていない若い吸血鬼の少女は、相手の気持ちを読む吸血行為が、どんな意味を持つのか、本当の意味で理解してはいなかった。黄梨は内心ため息を吐いた。けれども悟られないよう、表面では、甘い笑顔を浮かべて、ふてくされる更をなだめる。

「……更。申し訳ありません。これから少しずつお話しようと思っていたのですよ」
「その台詞、前にも聞きましたわ。いつになったら話して下さるの?」

更がただをこねるように云うと、黄梨は更に困ったような笑顔を深くして、今はその話をする気分じゃないんだ、また今度話してあげるから、と辛抱強く宥めた。その返事を聞いた更は、難しい年頃で、自分から覗いたのが悪いと分かっていながらも、今すぐ教えてくれないことへの不満や、自分以外の存在を知ったことへのショックから、形の良い唇を曲げて、むすっと拗ねてしまった。

「……黄梨様、酷いですわ」

捨て台詞のように云い、子猫のようにするりと黄梨の脇を抜けて、社交場へと向かっていく。そこには更の両親が数多の貴族の吸血鬼を相手している。「更」と落ち着いた低い声が制止するのも聞かずに、更はイヴニングドレスを引きずって、突き進んでいく。
黄梨は小さくため息を吐いて、それから――。





 
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