Vampire

□ネモフィラの畑
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ひどい、ひどいですわ!
前もそうだった。この前もそう!ちらちらと過去の面影が見えるたびに訊ねると、話題を変えたり、先延ばししたりして、語ることをやんわり避ける。私にはまだ早いと――?
ええ、そうかもしれないわ。でも、だからって、子ども扱いしなくてもいいじゃない!
少しでもいいから黄梨様が見てきた世界を知りたいと思うのは、いけないことかしら?


「更」

あ、と気がつけば、目の前に遮るように黄梨が立っていた。困ったように優しい微笑みで。その笑顔がまた、更を逆撫でしていた。優しげな琥珀色の瞳と合わせたくなくて、ぷいと目を反らし、黄梨を無理やり退けて、向かおうとするものの、強靭な男性の身体はびくともしない。それどころか、大きな腕はほっそりとした更の身体を雁字搦めてしまう。「あ」と小さい悲鳴めいたものを零すが、低い声がそれ以上の文句を許さなかった。

「戻りなさいと言ったでしょう?」

琥珀色の瞳が鈍く鋭く光る。その眼差しに射すくめられ、更は一瞬で萎縮してしまった。相手は自分よりも何数倍も長く生きている吸血鬼。敵うはずもないのに。婚約者だからといって、過去を教えてくれないことぐらいで癇癪を起こすなんて。更は急にしおらしくなった。更の機敏を読み取った黄梨は、やんわりと微笑んだ。

「教えてあげるから、ご両親への告げ口は勘弁して下さい」

軽く冗談もまぜて。告げ口をしたところで、更の両親が黄梨の味方をするのは目に見えている。むしろ、両親に縋る更を目の当たりにするご両親の心情を考えると、ご両親のためでもあるし、更のためでもあった。何よりその状況をやり過ごすことが煩わしかった自分のためでもあるけれど。

「じゃあ、あの女のひとはどなた?」

直行な質問に思わず、苦笑した。まだまだ若い吸血鬼なのだなと、改めて思いもしたし、その真っ直ぐさが黄梨にとっては眩しく、羨ましかった。

「昔の恋人ですよ」

やっぱり、と言いたげに更のすみれ色の瞳は揺れた。婚約者である黄梨を慕っている証なのだろうが、黄梨にとっては、それは恋でも愛でもない、幼い思慕そのものだった。

「でも、人間だった」

それを口にすると、更は水を浴びたように、ますます瞳を大きくして黄梨を直視する。
人間と吸血鬼。しかも純血種。恋など――。

更は黄梨の腕の中で、小さく丸まりながら、まだ幼さが残る眼差しで黄梨を見上げた。

「……あのひと、墓石がいくつも立っているネモフィラの花畑の中で、佇んでいたわ。麦わら帽子がよく似合っていた……ショートヘアの金髪のひと……」
「……そう、視えたんですね。太陽と青い空がよく似合う、心の美しい女でしたよ」

心の美しい、という言葉に更は反応した。更は、箱庭の世界しか知らない。それ故に、更の反応一つ一つが初々しく見えた。

「どんなひとだったの? 心が美しいってどういうことかしら?」
「そう、ですね……」

私室に戻ると、黄梨はソファに更をゆっくりとおろし、隣に腰掛ける。そして、遠い過去を探るように遠い眼差しでぼつぼつと語りだした。







 
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