――わたしは、零に幼くも真っ直ぐな恋をした。
あれから、心から「好き」と思えた相手なんて、見つかっていないけれど、いつか現れたらいいなって何となく思っている。本気で、死ぬほど好きになった経験なんて無い。
零のは、そうなる前に断ち切ったから。
時々、母さんと零が二人並んでいる後ろ姿を見ていると、考えてしまう。二人は一体どんな恋をして、どうやって試練を乗り越えてきたんだろうって。母さんは、父さんのことはよく語ってくれるけれど、零に対する思いは、あまり聞いたことがない。というより、聞けない。諦めようと思ったこともきっとあったに違いないし、いくつもの障壁を乗り越えて今があるんだろう。
「愛、最近物思いに耽ることが多いわね」
母親である優姫の一言でハッと我に返った。愛は、優しいこげ茶色の瞳に見つめられて、少しだけバツが悪くなった。どうしてそう感じるのかも分からないけれど。
「まあね。お年頃、ってやつ」
「そう。何かあったら、母さんに相談してね」
「うん」
短くそっけない返事に苦笑しつつも、優姫は立ち上がって、愛の頭にキスを落とした。愛はそのキスをされるがままに受け止めて、「おやすみ」とつぶやくように言い、書斎室へと向かっていく姿を見送った。
その後、愛は、何だかひどい疲労感を覚えて、ベッドに倒れ込んだ。自分の体重だけ沈む、心地よい感触に安堵感を覚える。お気に入りの枕をぎゅっと抱きしめた。包み込むようなやわらかい感触。それに顔を埋めた。
――「千年目の誕生日が来たら、父さんのもとへ還ります」……。
――母さんは、いつか父さんの元へ行く。そして、父さんは人間になる……。
だけど、わたしは純血種のままだ。ずっと、ずっと、ずうっと、生きることができる純血種のまま……。
千年生きるってどんな感じだろう。二千年って、もっとだ。三千年って――分からない。ふと、不安になって、母さんに尋ねたことがある。母さんも「わからないわ」と、わたしを抱きしめてくれたことがあった。
――いつか、わたしを置いていく。
母さんも、零も、今は氷の中にいる父さんも。
灰閻君も、瑠佳さんも、暁さんも、千里君も、梨磨さんも、英君も、拓麻君も……。
近くで見守ってくれているひとたちも、いつか去っていく。その現実が、今すぐじゃなくても、いつか訪れるという事実に、時に耐えられなくなって、苦しくなることがある。