Vampire

□小鳥と午後のティー・タイム
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久々にお茶会を開いたものの、どうして恋人が現れないのか、あるいはできないのかについて、小鳥たちは一生懸命議論していた。変わった性癖のせいだの、女性経験は豊富だけど飽きっぽいだの、ちょっと難癖のある子の方が好みだの、氷の墓で眠っているひとが本命だから仕方がないだの――本人を前にありとあらゆる予測を飛ばしている。

「……ちょっと、いい?」
「「「「「拓麻様、どう思います?」」」」」

声を挙げた途端、小鳥たちが本人である僕に意見を求める。会話の前後が全然かみ合ってないけれど、とにかく僕は咳ばらいをした。そして笑顔が引きつりそうになりながら、「いいかい。僕がこうしてここにいるというのに、よく遠慮のない議論をしてくれるよね」と、小鳥たちを咎める。すると、彼女らは各々顔を見合わせながら、「だって」と反省のない声色で話した。

「私達、更様に言いつけられたんです」
「言いつけ?」
「私とは違って、ちゃんと幸せにおなりね、って」

――彼女が?
と、少しだけ驚いた声色を上げると、「本当ですわよ」と小鳥たちが信じていないんでしょう?と言いたげに口を尖らせる。慌てて「ただちょっと意外だっただけだよ」と両手を振って違うよって否定する。確かに更さんは僕の知りうる限りでは、我儘で傲慢で欲張りで気まぐれな女だった。――だけど、彼女たちのことはずいぶんと可愛がっていたし、彼女なりに大切にしていたんだろう。初めはただの気まぐれや、寂しさを紛らわすために彼女たちを囲んだのかと思ったのだけれど――。

「それで、どうしたの?」
「それで、私達、幸せになろうって思って――」
「でもきっと、更様は拓麻様にも幸せになってほしいはずですわ」

彼女が僕の幸せを願う……いや、それはない。
むしろ彼女は僕が失敗したときやしくじった時こそ、それはもう嬉しそうにほくそ笑むひとだ。

「そうかなあ。彼女、僕が失敗したりするたびに、笑っていそうだけど」
「そんなことありませんわ」
「更様、拓麻様がいない時に、拓麻様のたくさんお話をしてくれたんですよ」

今だから言えることですが、と小鳥たちが次々にぺちゃくちゃとしゃべりだす。それは、かつて彼女が気まぐれで暇つぶしにした遊び。僕をこき使うこと。紅茶を淹れろだの、お菓子を作れだの、女性ものの服を着れだの、だんだんエスカレートしていった、彼女の遊び。それを、小鳥たちに話していたというのか。

「拓麻様がメイド姿になった写真を見せて、『可愛いでしょう?』って笑った時の更様の笑顔ったら……」
「そんなことも?」
「ええ!もうほれぼれすぐらい素敵だったわよね」

うふふ、と顔を見合わせながら微笑む小鳥たち。
けれど僕はこんなことも、あんなことも彼女たちに話していたのかと思うと恥ずかしい。
「更さん!」と彼女が目の前に居たら、声を尖らせて抗議しただろう。それでも彼女は「あらそんなこと言った覚えはないわ」なんて素知らぬ顔をするだろうけど。

「私……更様、最期はきっと幸せだったと思いますの」
「幸せだった?」
「ええ、だって好きなお方の腕の中で息絶えられたんですもの」
「そうね。側に拓麻様がいらっしゃったから」
「本当に。更様、拓麻様のことがお好きでしたものね」

僕は僅かに驚いて、彼女たちがしみじみとつぶやいたフレーズを頭の中で反芻していた。”好きだった”とか”幸せだった”とか、そういう言葉を。僕はこれまで、更さんの本心や、彼女に対する感情が本物なのか操られたものなのかどうかに気をとられてばかりで、彼女の死に間際に僕が側にいたことが幸せだったなんて考えたことがなかったように思う。いや、誰かにそう言われるまでは確信が持てなかったし、多分、気付けかっただろう。あの時、「正常な愛じゃないわ」とつぶやいて寂しそうに微笑んだ笑顔が一瞬だけ脳裏に浮かんでは、刹那の泡のように消えていく。そして、何とも言えない感情が心の奥底に残って小さく疼いた。ああ、こういう感じ、ザワザワしてて…………。


「そうかなぁ。更さん素直じゃなかったから分からなかったよ」
「そうなの、更様って天の邪鬼な方でしたから。私達には拓麻様のことをたくさんお話して下さるのに、本人を前にするとつんけんしちゃうんですもの」
「そういうところもまた可愛らしかったのですけれど」
「そっか…………僕は更さんのこと、ちゃんと好きだったんだろうか」


あ、言うつもりなんてなかったのに。
ついポロリとこぼしてしまった本音に、僕ははっとして「なんてね」と笑ってごまかそうとした。すると、彼女たちは優しそうに微笑んでいた。


「少なくとも、更様のお世話をされたり、我儘にお付き合いしているときの拓麻様は、楽しそうでしたわよ」
「仕方がないなぁと言いつつ、喜ぶ顔が見たくて……っていう感じでしたわよね」
「ええ、そうね。あら、拓麻様ったら照れてらっしゃるわ」
「私達、今も更様のことが大好きですわ。 拓麻様は?」
「――え、僕? ……」


にこにこと無邪気に微笑む彼女たちの背後に、悪戯っぽく微笑いながら、「どうなの?」と挑発してくる更さんの姿が一瞬だけ浮かび上がった。何か素直に「好きだ」と言うのは屈辱だなぁと思いもしたけれど――

「好きだよ」

と言えば、更さんはさっきまでの挑発的な笑顔はどこにやら、僅かに眉をぴくりと挙げて黙り込み、くるっと踵を返すに違いない。その瞬間にあ、僕の勝ちだ。なんてほくそ笑むんだろうな。そう考えると、何だか微笑みが漏れた。

「そうだね、我儘で気まぐれで素直じゃない更さんが好きだったよ。今もかな、ふふ」

その瞬間、きゃあと黄色い歓声を上げながら小鳥たちが喜ぶ。”どうだ、更さん”なんて心の中で彼女との駆け引きを楽しむ自分がいた。もしも、更さんが生きていたら「そんなの嘘よ」なんて言うかもしれないけれど、「嘘じゃないよ」って言いたいと思った。正常な愛ではないと言われようとも、この気持ちには偽りはないのだから……。全部引っくるめて好きだったよって言えたとき、僕は心のどこかがスッとしたのを感じた。
ふいに、小鳥たちのうちの一人がぴたりと静かになって、僕をじっと見つめた。

「ねえ、拓麻様」
「うん?」
「ちゃんと、幸せになってくださいね?」
「"更様の分"まで――」

「ね?」と一斉に僕を見つめる、砂糖菓子のように甘くてふわふわした彼女たち。"彼女の分"まで。その言葉が妙に突き刺さった。それぞれが更さんの言いつけを守るかのようにたくましく生きて、それぞれの幸せを掴んで生きている彼女たち。彼女たちの背後には、「ちゃんと幸せにおなりね」と言った彼女の優しさがあって――。


――ああ、何だか今やっとわかった気がするよ。
馬鹿だな、僕は……何で気づけなかったんだろうね……。


彼女たちが僕に向ける眼差しは、あのときの少女よりも大人っぽくなっていて。
僕にとってはそれが少し眩しく見えて、また微笑みがこぼれた。






  

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