薔薇色のカクテル

□2章 突然のご指名
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貴「い、いらっしゃいませ。」

私は、目の前で横顔を見せている男性に向かってそう声に出した。
男性はゆっくりとこちらを見て、一瞬驚いた顔をしていたが、微笑んだ。

フラ「どうも♪」

カチンッ
そんな彼の言葉にイラッとした。
そして、あの見た目に騙された私にも腹が立った。
私は平然を装ってメモを取り出す。

貴「それで、ご注文は?」
フラ「俺、もう注文終わったから。」
貴「はい?」

この人は何を言っているんだろう。
彼のテーブルには最初に置かれた水だけ。それ以外は何もテーブルに乗っていない。
彼が店に来てからもう30分以上経っているし、うちの店がそんなにメニューを運んでくるのが遅いとは思えない。
そんなことを考えていると、男性は私に目掛けて指をさしてきた。

フラ「君。」
貴「へ!?」

やばい、この人…かなりのやり手だ。
でも何故だろう。
こんなに最低なキザ過ぎる台詞なのに、何故だか心がざわついて、嬉しくなって。
自分の心は舞い上がっているよう。
おかしい。 私はおかしくなってしまった様だ。

貴「や、止めてください。 私、恋愛とか全く興味ないですから。」
フラ「…。」

私がそう言うと、男性は黙り込んでしまった。
そして男性は少ししてから、もう1度口を開く。

フラ「…そ、そっか。 ごめんね、無理に指名なんてしちゃって。」
貴「……あ。」

不思議と変な声が出てしまった。
彼は静かに立ち上がると、今にも泣きそうな顔で微笑みながら、こう告げた。

フラ「俺、もう帰るよ。 仕事、頑張ってね。」

そう言って、男性はゆっくりと歩き出してドアのドアノブに手を掛けた。
その行動が、何故なのかとても胸が苦しい。
早く帰ればいいと思っているのに、彼の後姿を見るだけで泣きそうになる。

……ギュッ

フラ「……え!?」
貴「あっ……。」


不意に、腕を掴んでしまった……。

彼はにやけそうな顔になりながらも、凄く驚いた顔をしている。
気持ち悪い。 気持ち悪いのに、どうしてなんだろう…。

貴「あ、れ、恋愛関係とかじゃなくて……。 友人としてなら、このバーでたまに、お話しませんか!?」

私はいつの間にか、大声でそう言っていた。
いや、友人にこんなのが加わるのは正直言って嫌だけど。
……でも、悪い人でもないみたいだし。

フラ「え、いいの?」
貴「私としても、こんな事でうちのバーの売上が落ちたら困りますし。」
フラ「…そっか。」

そんなやりとりがあってから、私と彼は両手で握手を交わす。
こんな展開になってしまったのは、正直想定外だったけど…。


フラ「あ、そういえば名前……。」
貴「え?あ、私はチェリシー。チェリシー・ブリュネといいます。」
フラ「俺はフランシス・ボヌフォワ。 よろしくね♪」

そう言ってから、フランシスはバーを出て行った。
残された私は、何やら変な達成感のような嬉しさに心の全てを持っていかれてしまった様。
最初に【最低】って思っていたことも、今はすっかり忘れて清々しい気持ちだ。

そこに、影から見ていた女性スタッフが私に声をかけてきた。

女スタ「大丈夫? 何か変なこと言われなかった?」
貴「あ、はい。何故かよく分かりませんが、彼と友人になりました。」
女スタ「は?」

女性スタッフは軽やかなリズムで笑い出す。
そして、「貴方らしい。」と呟いた。

女スタ「…でも、今日の彼、調子悪かったのかしら?」
貴「へ?」
女スタ「今日、彼にしてみたら、やけに諦めが早かったのよねー。 いつもだったら、もっとグイグイ詰め寄るんだけど。」
貴「そう、だったんですか?」
女スタ「うん。」


そんな話があってから、私と女性スタッフは昼間の客のいない店内を去った。
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