戦ヴァル3_短篇
□Wall
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『くっ!また負けた…さすがクルトね…』
「…いい加減にしてくれ。これで何回目だ」
『次こそ勝てると思ったのに!』
呆れるクルトを背に武器を抱えさっさと撤退する。しかしそれを追撃してこないクルトはやっぱり優しいなぁと顔がニヤける。
私はカラミティ所属の軍人である。こう見えても中尉という立場だ。クロスドミナンスというなんとも厄介な特技を持っているせいでリディアと共に軍のエリートコースを歩んできたわけだが、しかしながら私には愛国心など存在せず、そこでなぜか息があったリディアと共にカラミティに所属した。そこで対峙したネームレスの隊長、クルトに一目惚れし、ネームレスとの戦闘の際は喜んで前線に出ている…まぁ、こうして返り討ちに合っているのだが…好きになってしまったせいで、クルトには銃を向けられない。まるでお約束のように捨て台詞を吐いて彼の元から撤退する。これがもう7回も繰り返されており、クルトもいやいやながら私のことを覚えてしまったようだ。嬉しい。
「負けてばかりで恥ずかしくないの?私は無理ね」
『だって…』
エヒドナをナデナデしながら怒るリディアに、ぷい、と子供のように顔を逸らす。攻撃をしているのだから攻撃し返されているのだが、毎回毎回傷を作って帰ってくる私を、彼女なりに元気づけてくれているのは昔からのよしみでわかっているのだ。
「そろそろ結果を出さないと、カラミティどころか中尉の立場を降ろされるわよ」
それは嫌でも分かっている。できることならネームレスと戦いたくないし、クルトを傷付けたくない。勝負を挑んでるのだって、傷つきたくないけど、そうしないと会えない立場だからだ。
父親は帝国軍の幹部であり、昔から厳しい訓練を受け、エリート軍人として中尉になった。それまで周りの目は冷たく、時に女だからと暴力を受けることもあった。親の愛などなく、私の居場所なんかどこにもなかった。だから…今度こそ抜けられると思った。クルトを思うたびに、自分の空っぽの心が満たされる気がした。敵同士である壁を越えて…きっといつか、と。
今回も結果を出せなかったことを父親に呼び出され叱咤され、人前であっても容赦なく私を殴る。赤く腫れた頬を擦り、自室で鏡を見てため息を吐く。自分でもこのままではなにも変わらないと分かっていたじゃないか。でも…彼に会えばなにかが変わると信じていた。でももう…限界なのだろうか。今まで向けられなかった銃口をクルトへ向ける。たったそれだけで自分が軍人として生き抜いていける。それが最善の道だと思った。
『クルト!』
「またシキか…。皆、下がってくれ。俺が相手をする」
『…え?なんでクルトが?』
「聞きたいことがあるんだ。なぜこうも俺たちに執着する?」
『そ、それは…』
「君が他のカラミティと違うのは俺でも分かる。それに、毎回俺たちに負けて撤退していくが、君が本気を出せばそれに対抗できる隊員はうちにはいない。いくらでも俺たちを崩せるのになぜそうしない?」
クルトは優しく微笑んだ。人に微笑み掛けられたのはいつぶりだろうか。軍人のエリートコースというのは楽しいことは一切なくて、笑顔なんてもってのほか。みんな冷たい顔をして平気で人を殺す。結果だけがすべてで、使えないものはすぐに切り捨てられる。そんな生活をしていたせいか、目の前のクルトの優しい笑みを見て、涙が溢れる。
『あ…あれ…なんで泣いてんの…』
ごしごしと袖で涙を拭う。ただ戦って、傷ついて、それだけだったのに、クルトは私のことをなんでもお見通しだった。
「君は敵だから、全てを理解できるわけじゃない。だが、無意味に傷つくことはない、と俺は思う。なにか目的があるなら仕方ないが、できれば…もうこうして俺たちの元に来ないでほしい」
『私は…ネームレスを倒しに…!』
「なら、今なら俺を殺せる。撃て」
すべてを見透かすような瞳で私を見る。撃てないと分かっていて、そう告げるクルトはバッと両手を広げる。その姿を見て、ガタガタと震える手で銃を構える。しかし引き金を引けない。なかなか引き金を引こうとしない私に、クルトは笑って、ほら、と呟いた。
「…君は優しい。軍人としての能力はあるが、優しすぎる」
違う。優しいんじゃない。クルトだから。貴方が私の好きな人だから。好きな人を撃つなんてこと、できるわけがない。どうして…私は軍人で…彼と敵同士なんですか。できることなら、彼と共に歩める場所で生まれたかった。
『違う!!優しいんじゃない!!』
「…ならなぜ俺を撃たない?」
好きだから。殺したくなんかない。
『…好き…だから…。敵だと分かってても…クルトのことを…好きになってしまったから…』
「…俺を…?」
驚くクルトを一瞥して背を向けて走る。言ってしまった。もう後戻りはできない。次会った時は…心を壊してでも彼を撃つ。どこをどんな風に転んでも、私と彼が一緒になる未来なんてないんだ。
それから数日後、カラミティからリディアがエヒドナを使う作戦の前線に私が抜擢された。父親が名誉挽回のためにと推薦したらしい。言われなくても戦うつもりだ。それしか道がないのだから。
エヒドナを街の中央に待機させ、ネームレスが街に攻め入ってくるのを待つ。やがて大きな空砲と共に、カラミティとネームレスの戦いが始まった。
手当たり次第に出会った隊員を地面に撃ち落としていく。やがて大きな剣を掲げたダルクス人と対峙する。
「…クルト…いた」
無線でクルトに報告をしているようだが、こちらにはそんな暇はない。右手に持っていた細剣を構え、突撃する前に銃を撃つ。当たらないと思っていたようだが私は両手が利き手。左手でも狙撃兵と同じくらいの命中率を持つ。中心に撃たれた弾を剣で弾き、細剣を横構えで受け流される。さすが、剣甲兵。しかしこちらが優勢だ。足払いで体勢を崩させる。そこを狙って頭を撃ち抜こうとした瞬間、狙撃兵の弾が光り撃たずに一歩下がる。目の前の地面に撃ち込まれた銃痕を見て狙撃兵がいそうな場所を割り出す。
『右10!』
銃で目星のつけた場所を撃つ。しばらくして隊員のうめき声とともにネームレスの隊員が崩れ落ちるのが見えた。そんな私を見て苦痛に顔を歪める目の前のダルクス人。
「こいつ…おかしい」
『おかしくて結構。…貴方に恨みはないけど、死んでもらうよ』
細剣の鋒を向けると、今度はダルクス人のほうから一歩を踏み出してきた。縦に振られた剣は更に横に回る。それを避けきり足で剣を地面に突き刺す。動けなくなったところを喉に向かって細剣を向ける。これで終わり。そう思った。
「かかった」
その言葉にハッと後ずさる。周りには目の前のダルクス人以外誰もいない。カラミティの隊員もいない。しまった。孤立させられた!
引き返そうと後ろに飛んだがすでに遅く、紐のようなもので腕を拘束される。抜け出せない。剣があれば切れるというのに、銃と剣は見事に目の前に落ちている。それを見つめていると、目の前にNo.7と書かれた軍服を着た彼がやってきた。
「シキ。悪いが、ここで死んでもらう。君の想いは嬉しかった。次生まれ変わった時は…俺は戦争がない世界で君と出会いたい」
クルトから銃口を向けられ、顔を上げてその先にあるクルトの瞳を見つめる。その瞳は意志が強くて綺麗で。好きになったクルトに殺されるなら…それでもいいと思った。私も…生まれ変わったら…戦争がない世界でもう一度、貴方に会いたい。
バンッ、と音が響いた。それと同時に意識が遠くなる。目を伏せたクルトは小さく微笑んだ。
私は…軍人としての人生を全う出来たのだろうか。それすらも分からないけど、運命は残酷だったな。生涯を好きな人に終わらせてもらって…少しは後悔も未練もなく、あの世にいける。しばらくして、ん?と首を傾げる…真っ白い世界に漂っている今この場所でコーヒーの香りがする。なぜコーヒーなんだ?と目を伏せてから再び目を開けると、また違う景色が写った。というよりも、テントだ。
『え?!』
ガバリと勢いよく起き上がったものの、クラクラと再びベッドに倒れる。なんだここは。コーヒーの香りがするしテントだし。私死んでもこんなリアルな夢を見るの?と放心していると、大好きなクルトの顔が前面に出てきてまたぎゃあっと驚く。そんな私を見てクルトは盛大に笑いながら、身体を起こすのを手伝ってくれる。
なにこれ。夢にまでクルトが出てくるって…本当に好きすぎじゃないか?いや嬉しいけども。
『死に夢にしてはリアルだなぁ…』
「夢じゃないさ。それに君は死んでなんかいない」
優しく微笑むクルトがそっと私の頭に手を乗せる。おかしい。だってクルトに頭を撃ち抜かれて…それから意識が飛んだから…死んでるはずなのに…。
『私…クルトに頭撃たれたよね?それで死んで…』
「俺は撃ってない。あれは空砲だ。カリサ…あぁ、ウチの整備士に特別に作ってもらった銃だ。ただ、意識を失ってもらわないといけなかったからな…少しばかり威力は強めだったが、結果うまく行った」
なにがなんだかわからない。いつもなら理解できそうなことも、今は頭が混乱していてぐちゃぐちゃだ。つまり、私は生きている?それでクルトのところにいるということは……捕虜?
『…つまり、捕虜?』
「あぁ…いや、捕虜かもしれないが、捕虜じゃない。君はあの場で死んだ。それをカラミティにも目視してもらわなければならなかったからな。ここにいるシキはシキであって、シキじゃない」
もうなにがなんだかわからない。それに、カラミティに目視?なぜクルトがそんなことをする必要がある?それが未だに分からず、それを説明しようともしないクルトに微かに苛立ちを覚える。
『…ふざけないで。こんな風に生かされるくらいなら死んだほうが…っっ!!』
クルトに頬を叩かれた。先程まで笑っていたのに、今度はいつになく真剣で。見たことがない、私に対してだけの優しい怒りだった。
「どれだけ言えば分かるんだ!俺は、君に傷ついてほしくないと言っただろう。軍人である限り、いつ死んでもおかしくはない。だがそれを粗末にすることとは違う。それに…君は俺に気づかせてしまったからな」
『…気づく…?』
「俺もシキが好きだということに」
クルトの言葉を聞いて、次に発する言葉を飲み込んだ。目線を反らした私の顔をぐいっと正面に向かせられる。
「敵同士だったら、こんなことは言えない。けどカラミティ所属のシキは俺が殺した。今ここにいるのは、俺が好きになったシキだ。ネームレスに所属して、戦闘には参加せず俺の補佐を務める」
クルトからの言葉を全部聞いて、やっと抜けていたピースがつながった。私をわざと孤立させてカラミティの前で殺す。私は戦争で殉職したことになり、帝国軍からも追われることがない。それをクルトが考えて…リスクも高い作戦だったはずなのにそれをやってのけた。私が越えることができないと何もしないで嘆いていた壁を、クルトは平気で壊してきた。目の前で優しく微笑むクルトを見て、瞳から涙が溢れ出してくる。
『私…生きていて…いいの?』
「あぁ。生きていてもらわなくては困る。まだこれから、知ることがたくさんあるからな」
指で涙の痕を撫でられる。それからそっと触れるだけのキスを落とされ、照れくさくて顔を緩めると、そんな顔をもっと見たいとキザなセリフを吐いてくるクルトを押しのける。しかし腰に固定されていた腕にぐっと力が籠もり、あっという間にクルトの腕の中に収められた。
「もう一度いいか?シキ、俺は君が好きだ」
『…私も…クルトが好き』
私もクルトの知らないところがたくさんある。クルトも私の知らないところがたくさんある。それは今からが始まりで、終わりはない。軍人として生まれたことを後悔して、たくさん虐げられてきた人生は、新しく生まれ変わってまだまだ捨てたもんじゃありません。
Happy End
(後日談)
それから私が殉職したことが帝国軍内で広まり、父親も失脚し、リディアの悲痛な叫び声を聞いて心を痛めた。彼女を戦争中に亡くしてしまったことは共に歩んできた友人だったこともあり、ショックから立ち直るのに時間がかかったが、クルトが傍にいてくれたおかげでなんとか普通に戻ってこれた。
ネームレスでは当初私が入ることに批判が多く、しばらく友好関係を築くのには苦労したが、今はなんとか信頼を得てクルトの補佐を努めている。
『そういえばクルト…。なんで私のこと…好きになってくれたの?あの状態だと、ただのしつこい敵兵だったと思うんだけど』
「あぁ…そうだな。いろいろ考えたところもあるが、一番は…君の笑顔を見てみたかった」
『笑顔?』
「いつも俺に会う時、悲しそうに顔を歪めていた。敵だからという理由もあったかもしれない。けどなぜか俺には、そうじゃない理由があって、それが無くなったら、シキはどんな風に笑うのだろうと。それを考え始めたら、止まらなくてな。ずっとシキのことを考えていた」
『…そう、だったんだ。…ふふ…ありがとう、クルト』
「…やっぱり、シキは笑っている顔が一番可愛いな」
またサラリとそんな言葉を紡ぐクルトからプイっと顔を背けると、その顔も好きだ、と追い打ちがかかる。もうこのクルトには何を言っても無駄だと悟る。しかしそんなクルトを好きになったのは自分だ、と苦笑する。そう。こんなクルトを好きになったんです。
今度こそEND