戦ヴァル1_短篇

□過去拍手文_7月
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過去拍手文/7月

『これは…大丈夫。あとは食料の買い出しだけだね』

「分かった。じゃあ、あそこの露店街に行こうか」

久々の休日。自分は所属する隊は違うが第7小隊隊長で恋人であるウェルキンと久しぶりの街に出た。せっかく休みなんだから、と家でご飯を食べようという話になり、食料調達に足を運んだのだ。

さり気なく手を繋いでくれるウェルキン。こんな姿を知り合いに見られたらと考えると恥ずかしいが、恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、ひとりでに顔が熱くなる。

「はぐれないようにね」

爽やかなスマイルにうん、と頷き、必要な材料をスイスイと買っていく。今日の献立はウェルキンの所望でハンバーグである。なんて子供らしい、と思いつつもこうして彼の為にと作る行為はとても嬉しいもので、今から家で過ごす時間が楽しみで仕方がない。

やがて大きな紙袋をかかえ、二人でウェルキンの自室へと帰ってきた。自前のエプロンをさっと身につけ、待っててねと声をかけると、小さく微笑みながら奥の部屋へ入っていった。



なんだかんだ時間をかけて丁寧に作ったハンバーグは見事成功。盛り付けも完璧にし、ルンルンと奥の部屋で待っているであろうウェルキンに持っていく。ソファーに座って本を読んでいたウェルキンは、こちらを見るとわぁと子供のように笑顔になる。そんな顔を見て自分も笑顔になる。

『おまたせ!今、他のものも持ってきちゃうから、もう少し待っててね』

「手伝うよ!」

『本当?…じゃあお願いするね』

ハンバーグが盛りつけられた皿をテーブルに置いた後、パンや付け合せのサラダをウェルキンに渡す。テーブルに二人分の食事が用意されたところで、椅子に向き合って座る。

「作ってくれてありがとう。いただきます!」

『ん。どうぞ召し上がれ』

そっと箸に手をつけたところで、突然部屋のドアがノックされた。伸ばしていた手を引っ込め、誰だろう?とウェルキンは部屋の扉へと向かっていった。それに合わせて気になってしまった私は部屋の隅からウェルキンの後ろ姿を眺める。どうやらお相手はアリシアのようだった。

声はあまり聞こえないが、焦っているようにも見えるアリシアの肩に手をかけるウェルキン。たった数十秒だったが、ウェルキンはアリシアを待たせ、こちらへ戻ってきた。

「ごめん。第7小隊に緊急の出撃命令が出されたみたいなんだ。これからすぐに出なくちゃならなくなった」

『それは第7小隊が出なきゃいけないこと、なんだね?』

「うん。…料理せっかく作ってくれたのに…」

ウェルキンは申し訳なさそうに顔を背ける。そんなウェルキンにいいよ!と明るく振る舞う。ここで私が落ち込んだりしても状況が変わるわけじゃない。出撃ということは、もしかしたら怪我してしまうかもしれないし、考えたくもないが命を落としてしまうこともある。

『行ってきて。それで、ちゃんと無事に帰ってきて。待ってるから』

「…うん、必ず帰ってくる。ありがとう」

ウェルキンは軍服の上着を羽織り、私の頬にそっと手を添える。その手に手を重ねると、ウェルキンは好きだよと呟いて微笑んだ。そしてアリシアと共に部屋を出ていった。


辛くないと言えば嘘になるし、ウェルキンの無事をひたすら願うしかない今この状況に、言いしれない不安が巡っていた。帰ってきたころには冷めてしまっているだろう料理にカバーをかけ、食欲を失ってしまった身体をウェルキンのベッドに沈める。愛しい人の微かな香りが、この不安を少しでも和らげてくれた。眠気などない。ただひたすら、彼の帰りを待とう。彼が安心して帰ってこれるように。



ウェルキンが出ていってから何時間経っただろうか。もう夜更けになると言うのに、静まり返った部屋には時計の秒針がカチカチと鳴り響くだけだ。一小隊が帰投したとなれば、周りも騒がしくなる。それを待っているというのに。

身体が疲れてきたのだろうか、重くなってきた身体を動かし、扉から廊下を覗く。廊下には眩しいほどの朝日が差し込んでいた。そしてそれと同時に、戦車の滑走音と多くの人の声が外から聞こえた。第7小隊だろう、とぐっと足を踏み込んで隊舎の外に出る。

帰投してきたのは確かに第7小隊であったが、肝心のウェルキンが見当たらない。報告にでも行っているのだろうか。早く顔をひと目でも見て不安から逃れ安心したいのに…と辺りを見渡していると、衛生兵たちがバタバタと走り抜けて行く。

ギュンター少尉が…。そんな言葉を連ね走り抜けていった衛生兵の後を追い、たどり着いた先でウェルキンを見つけた。しかし、彼は身体にたくさんの銃弾を受け血だらけでぐったりとしていた。大勢の人に囲まれ、その中心で衛生兵から治療を受けている。身体から血の気が引いていくのが分かる。死ぬなんてことだけは絶対にあってほしくない。とにかく、近くに、傍に行きたい。

『ウェルキン!』

私の代わりなのか、傍にはアリシアが居た。人を掻き分け近くに寄ろうとしたが、衛生兵に止められウェルキンに近寄ることすら叶わない。なぜアリシアはよくて自分は駄目なのか。ウェルキンの恋人は私なのに。

『お願いします、神様…』

目の前に並ぶ人々の隙間から、横たわるウェルキンと、ウェルキンの手を握りひたすら声をかけ続けるアリシアを見つめた。神様に願うことしか出来ない私は、ただひたすら無事を願った。

そしてようやく、衛生兵がアリシアに声をかけた。もう大丈夫ですよ、とそう聞こえた。あぁ、助かったのか。身体に張り詰めていた不安と緊張がぷつんと切れ、支えきれなくなった身体が膝から地面に落ちる。我慢していた涙が溢れ出し、視界が歪む。体中の熱がふつふつと湧きだってくるのと同時に、私の精神は限界を迎え、ドサリと地面に倒れた。

微かな意識の中で、意識を取り戻したウェルキンが首だけを傾げこちらを見つけたのが分かった。倒れた私を見た途端に、ウェルキンは咄嗟に起き上がろうとするが、受けた銃弾は軽いものではなく、すぐに衛生兵に押さえつけられてしまった。ウェルキンの叫ぶ声を最後に、私は意識を失った。



眩しい朝日に目を覚ます。治療室のベッドであることはすぐに分かったが、自分以外誰も居ない。ウェルキンはどうなったのだろうか?怪我は治らず、まだ別の治療室のベッドに寝ているのだろうか?自分がどれほど眠っていたのかはわからないが、あのときウェルキンは確かに助かった。ならそれでいい。

ぼーっとしながら窓から外を眺めていると、廊下側から微かな声が聞こえた。その声の主はよく知っている。ウェルキンとアリシアだった。二人の声はだんだんと近くなり、やがて私の部屋の前で止まった。

「ねぇ!寝てなくちゃ駄目だよ!まだ安静にしててって言われたでしょ?!」

「それよりも今は彼女が心配なんだ。僕はどうなっても構わないよ」

「ウェルキン!」

アリシアの静止を振り切り、私の部屋の扉を静かに開けた。包帯をあちこちに巻かれたウェルキンは起きている私を見ると、すぐに駆け寄ってきた。

「良かった…目が覚めたんだね。心配したよ」

心配するのはこっちもだ、と言いたいほど、怪我をして包帯だらけのウェルキンはホッと胸をなでおろし、微笑んだ。

『私は大丈夫だよ。ウェルキンのほうが怪我酷いんだから、休んでなきゃダメだよ?』

「心配で大人しくなんか寝てられないよ」

ベッドの近くにある椅子に腰を下ろし、私の手を握る。とても、温かい。彼が、帰ってきたのだと再び実感する。しかし同時に、もう二度とこんな思いはしたくない、と身体が強張る。

『ウェルキン、私、ウェルキンと同じ第7小隊に行きたい。一緒の隊なら、いつだってウェルキンを見つけられるし、傍にもいられるから…』

待っていることの辛さを、分かってほしい。背中を見送るんじゃなくて、隣を歩いていつでも触れられる位置にいられることが重要なのだ。もしものことがあったとき、あのときみたいに傍にいられないのは嫌だ。

しかしウェルキンは、首を縦に振らなかった。

「僕も、いつでも傍に君がいてくれるなら、安心できる。でもそれは、駄目なんだ。待っている君にとっては辛いことだと思う。けれど僕にとっては、君が安全なところにいる...それが大事なんだ。生きて帰れば君がいる。それだけで勇気がもらえるんだ」

ウェルキンの言っていることにも一理あった。だからこそ、言い返すこともできず俯いてしまった。そんな私を見て、ウェルキンは言葉を続けた。

「僕を想ってくれる気持ちは、本当に嬉しいよ。意識を失っていた時、君の声が聞こえたんだ。僕の名前を呼んで、神様、お願いしますって…。君の声だとすぐに分かって、傍に君がいる…戻らなくちゃって思った。それほど、君の存在は大きいんだ。…だから、僕と結婚…してくれませんか?」

『えっ?』

突然の言葉にウェルキンを見返すと、彼は爽やかな笑顔で私を見ていた。そんな笑顔を見たら、意地や不安がなんだか馬鹿らしくなって、涙がポロポロと溢れ出した。

「あぁ、急、だったよね?ごめんね。ムードとか僕にはわからないから...」

申し訳なさそうに笑うウェルキンに、違うよ、と首を振る。瞳から溢れる涙を、人差し指で掬ってくれる。その優しい動作ですら、今の私の心を奪っていくには十分だった。

『ムードなんていらないよ。嬉しい。そうだね、ウェルキンの言う通り、隣を歩かなくたってウェルキンの心はいつも傍にいるんだね。私、自分のことばっかりだったね…。こんな私でもいい、の?』

「君がいいんだ。絶対に、幸せにする」

添えられた手が強く握られる。それに反応するようにお互いに照れくさくて顔を見合っては赤面して笑い合う。


今はお互いに怪我を直して、また一緒に出かけよう。傍に居なくてもいつも心は傍にいるよ。


『そうだ。…おかえりなさい、ウェルキン。またハンバーグ、作ってあげるね』

「ただいま。うん、楽しみにしてる」



END

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