戦ヴァル1_短篇

□小さな幸せ
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「おはよう、シキ。今日も可愛いな」

『おはようございます、ランツァート少尉。えっと…ありがとうございます…』

自分が所属している第7小隊の隊舎に颯爽と顔を出しては、それだけを告げて自隊である第1小隊に戻っていく彼…ファルディオ・ランツァート。格好良くて優しくて紳士な彼は、義勇軍内でも有名人で女子からの人気も高い。ファンクラブもあるという噂だ。

しかしながら、私と彼は付き合ってはいない。一ヶ月程前に彼から告白され、それを断った。なのにも関わらず、彼はほとんど毎日朝に顔を出しては私に声をかけていくのだ。

「シキ、おはよう!ファルディオったらまた声かけてったの?」

『おはよう、アリシア。うん…どうしたら諦めてくれるかな…。挨拶だけとはいえ、他の女の子からの視線が痛い…』

ツインテールを揺らして、うーんと畝る可愛らしい女性、アリシア。私の数少ない信頼できる友人だ。

「そもそも、なんでファルディオの告白を断ったの?恋敵は多いだろうけど、優しいし信頼もできるよ?あぁ、そりゃシキの好みとかもあるだろうけどさ」

『私なんかには勿体ない人だよ!告白は嬉しかったけど…』

「そんなことないって。でも嬉しかったならなんで…」

「皆ー!集まってくれー!」

首を傾げたアリシア。しかし前方から放たれたウェルキンの声に遮られ、ふぅ、と息を吐き出して背を向けた。それに合わせて、私も足を動かした。

緊急出撃のない、平和が続く日々。ランドグリーズに家がある私は、週に数回、寮から家に帰る。そこには、いつもいつも苦労をかけてしまっている大切な家族がいる。

『ただいま』

「あぁ、おかえりなさい、シキ」

「あー!おかえり姉ちゃん!」

「おかえりなさい!」

細い声で優しく微笑む母と、まだ小さく元気な弟妹たち3人。父親は十年前に女を作って出て行った。それから女手ひとつで私たち4人を育ててくれた母は数年前に病気を患い、働けなくなった。それが、私が軍に入隊した理由。兵士は支給される額が多い。母と弟妹たちを養うには、それが一番だった。

『今日も元気だねー!いいことでもあった?』

「んーとね!お母さんがカワイイお洋服を縫ってくれたの!」

『そっか!可愛いじゃない!似合ってるよ』

クルリと回転して洋服を見せびらかす妹を撫でながら、そばにいた弟も同時に撫でる。遊び盛りの弟はあちこち怪我をしているようだ。2人よりも歳が上の妹は、母の世話と弟妹の世話もしている。

「お姉ちゃん、帰ってたんだ」

タイミング良く買い物から帰ってきたのであろう妹が、ニコリと笑って買い物袋を置いた。この子には、一番苦労をかけている。好きなこともさせてあげられなくて、一番上の私がしっかりしなきゃいけないのに、我慢させてばかりだ。

『うん、おかえりなさい。あ、ご飯は私が作るから、休んで』

「いいよ、大丈夫。お姉ちゃんのほうが疲れてるでしょ?いつもありがとう」

『…全然、疲れてなんかいないよ!さ、貸して!今日はお姉ちゃんのとびきり美味しいご飯を作ってあげよう!』

「本当?じゃあお願いしようかな」

「お姉ちゃんのご飯!」

妹は小さく笑って妹と弟を連れて布団に横になっていた母の元へ戻った。

病弱な母、苦労をかけている妹、遊び盛りな弟と妹。この大切な家族を守る為に、私は自分の幸せを捨てた。

あの時のランツァート少尉からの好意は本当の本当に嬉しかった。軍に入隊してから憧れていた人からの告白なんて、舞い上がってもおかしくないし、普通の私だったら了承していた。でも、考えるたびに自分が幸せを掴むことに罪悪感が生まれて、心がズキズキ痛んだ。

それから数日後。また家に帰ってきた私は、弟妹たちを連れて街に出ていた。今日は弟の誕生日。好きなものを買ってあげる約束をしていたので、ルンルン気分で歩く3人を見守りながら目的の場所へと歩いていた。

「ん…シキ?」

後ろからふいに声をかけられ振り向くと、そこにはラフな格好のランツァート少尉が小さく手を振っていた。

『ランツァート少尉!』

「今は休暇中だし、ファルディオでいいよ」

『あ…ファルディオさん。ファルディオさんもお出かけですか?』

「あぁ。久々にもらった休みでね…本屋にでも行こうと思ってたところなんだ。ところで…この子達は家族?」

突然声をかけられて驚いた弟と妹は私の後ろに隠れている。それを困ったように笑う妹をファルディオさんに紹介しようと3人を前に押し出した。

『はい。妹と弟です』

「…おじちゃん、だれー?」

「おじちゃんか…そんな歳ではないはずなんだが…」

『わ、と!ごめんなさい!』

「ククッ、いやいいよ。おじちゃんはお姉ちゃんの知り合いだよ。ファルディオ・ランツァート。よろしくな」

わしわしと弟と妹の頭を笑顔で撫でるファルディオさんにドキリと心が跳ねる。格好良くて紳士的な彼の動作は誰が見ても魅力的だ。

「ほんや、行く!」

「ん?本屋に行く予定だったのか?」

問いかけてくるように私を見たファルディオさん。はい、と頷くと、勢いよく弟と妹を両肩に抱え、歩き出した。

『ファルディオさん?』

「行き先は同じだし、せっかくだから」

私の申し訳なさとは裏腹に、抱えられた2人は心底楽しそうに笑っている。隣を歩いていた妹も、ファルディオさんのことを信頼出来ると分かったのか、彼の隣を歩き出した。

ファルディオさんの大きな背中と、笑顔の家族。先に進む皆を眺めていると、ふい、と顔だけ振り返って私においで、と微笑んだファルディオさん。これこそが幸せなんだと気付くのは、まだ先だった。

本屋に着いてからというもの、ファルディオさんは私たちから離れず、弟と妹から手を引かれるまま、絵本の所へと来ていた。

「これ、欲しい!」

欲しい欲しい、と差し出した二つの本。しかし、約束では一個だけ。養うためのお金を稼いでいるとはいえ、あまり贅沢をさせてあげられないのも事実。この時の為に自分の身を削って貯めたお金はあるが、二つ買ってしまってはみんなで食べるご飯が乏しくなってしまう。

『どっちか一つ、約束だよ?』

「えー、どっちも欲しい!」

『二つ買ったら、ケーキ食べれなくなっちゃうよ?』

「それもやだ!」

やだ、と言いながらも手放そうとしない弟。出来れば買ってあげたい。しかし…と葛藤していると、すい、と弟が持っていた本の片方が持ち上げられた。

「俺がプレゼントしよう。特別だぞ?」

『え、ファルディオさん!それは…!』

「いいから。一年に一度しかない誕生日だ、我儘言ってもいいだろ?」

ファルディオさんの言うことは、私だって分かってる。弟や妹が、我慢なんかせずに、我儘だって言ってそれを許せる生活にしてあげたい。でもそれは…今の私には叶えてあげられない。

『…後で、お返しします』

「いいよ、このくらい。それでもって言うなら、今度行きたいケーキ屋に付き合って欲しいな」

『わかり、ました』

ぽん、と私の頭を撫でたファルディオさん。申し訳なさも相まって、小さく俯くと大きい妹に2人を任せ、私の手を引いてレジへ向かった。

会計が終わって外に出る。ご飯の材料も買い、重くなった荷物をどこまでも手伝ってくれるファルディオさんが持っていた。結果的に家まで送ると言われ、あの短時間で弟や妹は彼をまるで兄のように慕っていた。

長い道のりを歩いて夕日が落ち始めた頃、家に到着した。中にいた母に挨拶をして帰ろうとしたファルディオさんを母が呼び止め、弟の誕生日会に参加することになってしまった。

『あの、ファルディオさん。ごめんなさい、急に…。ファルディオさんにも、予定があったと思うのに…』

「いいや、大丈夫だ。それに、本屋に寄った後は予定もなかったし、俺としてはこうしてシキと一緒にいられて楽しかった」

『…っ』

ご飯の準備を手伝う、と隣に並ぶファルディオさん。そんなファルディオさんの何気ない言葉に、顔を向けられずに手が止まる。

「ごめん、困らせたかったわけじゃないんだ。さ、運ぼうか」

困ってなどいない。先ほどから私を襲う葛藤が膨らんで、どうしようもないくらいに心を痛めつけてくる。ただ、それだけ。

テーブルに並べられたいつもよりも豪華な料理。喜ぶ家族に、ファルディオさんはホッと笑顔を向けていた。

食事が終わり、片付けをしている間、ファルディオさんは弟達の遊び相手をしながら、母と何かを話していた。あらかた片付け終わると、タイミング良くファルディオさんから声をかけられる。

「シキ、片付け手伝えなくてごめんな。俺はそろそろ帰るよ」

『いえ!弟たちと遊んでくれてありがとうございました。そこまで送ります!』

「俺も楽しかったよ。身体を冷やしたら良くないから、大丈夫だ」

『いえ、送らせてください。少し、ですけど』

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」

ファルディオさんは母に軽く会釈し、外へ出た。暗くなった空を見上げながら隣を歩き、しばらく進むとファルディオさんはふと足を止めた。

『ファルディオさん?』

「シキ。君への想いを伝えるのは、これで最後にする。それでも、君の想いが変わらなければ断ってほしい」

面と向かって、手を取られる。少し温かい手が冷えかけていた私の身体を温める。背の高いファルディオさんを見上げると、哀しそうに瞳を揺らして微笑んだ。

「俺は、シキが幸せになる道を捨てる必要は…ないと思う。シキの幸せは家族の幸せかもしれない。けど、家族の幸せには、シキの幸せも入ってる」

ファルディオさんの言葉に、心が痛む。分かってる。分かってたはずだった。次々に告げられる言葉に、反応する言葉すらも出てこない。

「難しいことなのは分かってる。だが今日、家族を大切にするシキを見れてまた、想いが変わったんだ。俺は、シキを幸せにしたい。そして、シキの家族も幸せにしたいんだ。エゴじゃない、シキの全てを見てそう思った。もちろん、シキが断るならそれは潔く諦めるつもりだ。けどもし受け入れてくれるなら、約束する。傍にいるし、家族も守る」

『…っ…』

「返事はいつでも待ってる。…ここまでで大丈夫だ、ありがとう。また明日…おやすみ、シキ」

そっと離された手。何も告げようとせずに俯く私の髪をそっと撫でると、ファルディオさんは背中を向けて街の暗闇に消えて行った。それを見届けて、踵を返す。

彼の想いが、言葉が、痛いくらいに私に突き刺さる。心の答えはもう決まっているのに、頭がそれを否定する。

ファルディオさんの想いを受け入れる事で、彼はきっと私と家族を幸せにしてくれるだろう。でも、私達のために費やす時間は、有限だ。その時間、私ではない違う人が一緒なら、彼はもっと幸せな時間を過ごせる。

纏まらない想いに、小さく息を吐いて帰宅した。
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