惜別の涙

□惜別の涙/ep1
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「ああ・・・いい天気。うん、よし・・・。」
桜は意を決したようにふっと息を吐き、髪を結い化粧を施し、部屋を見渡す。
調剤された薬や、古い本が棚いっぱいに並んでいる。
桜が使う着物や針子の道具も、一緒に置かれていた。
家康の城の中。桜と家康、ふたりの部屋。
この城にはもう慣れた。初めは迷って家康を怒らせたり心配させたりもしたが、半年も経つと、生まれた時から住んでいるかのように知り尽くしていた。
見張りの兵に見つからないように裏の抜け道を使い、森の中へと足早に駆ける。
10分程行くとそこに、大人の色香を漂わせる背の高い男が馬と共に、桜が来るのを待っていた。
「お待たせしましたっ、信玄様」
「そんなことないさ。君を待つのも楽しいからな」
「ふふ、相変わらずですね」
あの戦から半年が経つ。桜が武田・信玄側に攫われた時、少しの会話であったのにも関わらず、信玄はいたく桜のことを気に入ったらしい。今は家康の城に住んでいるというのに、週に1度程に何通もの文が信玄から桜へ届いていた。
「家康には言ってきたのか?」
そう聞かれ、桜は苦笑する。
「・・・はい」
「へぇ、あの家康がよく許したな」
「まぁ、ね」
「そうか。じゃあ行こうか、俺の天女」
「はい。よろしくお願いします」
(なんて・・・嘘ついちゃったな。本当は、家康には言ってない・・・。でも置手紙してきたから。大丈夫、だと思う・・・たぶん。)
今日家康は、信長の元へ朝から出かけている。帰るのは夜になると言っていた。
(早めに切り上げるとは言っていたけど・・・)
本当は家康に了承を得てから信玄と出かけるつもりだったのだが、信玄の名前を出すとあからさまに不機嫌になるのがわかっていて、今日までとうとう言えなかった。
(そうじゃなくても、きっと家康は・・・。)
「・・・きっと、怒るよね」
「ん?なにか言ったか?」先に歩き出していた信玄が桜を振り返る。
家康に対する罪悪感と、桜の置手紙を見て口をへの字に曲げるだろう家康を想像し、申し訳ないような面白いような複雑な笑みを浮かべる。
「おいで、桜。行くよ」
「・・・はい!」
桜は、家康の城がある方を振り返った。
(家康、ごめん。私・・・。)
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