惜別の涙

□惜別の涙/ep1
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「そんなにふてくされてくれるなよ、家康」
「賑やかなほうがいいに決まっていますよ。私たちも久しぶりに会いたいですしね」
安土城から馬に乗って帰る道中、左右から飄々とした態度の二人の声が聞こえる。
「ふてくされてなんて、いない」そう反論しながらふくれ面をする家康のそばに馬を寄せ、政宗が彼の肩に腕を回す。反対側からも、三成が微笑みながら家康に馬をぴたりと近づける。間に挟まれた家康は「ちょっと、馬を歩かせにくいんだけど。」と顔をしかめた。
「今日は桜の生誕日なんだろう?なら、俺たちも参加するのが筋ってもんだろう」
「家康様。私にも桜様へのお祝いをさせてください。秀吉様のお許しもいただいたので、せっかくですから」
政宗と三成が交互に言う。
家康は政宗の腕を振りほどき睨み付けた。
「・・・なんでいつもいつも、懲りずに桜にかまうんですか、あんたたちは。三成、お前も調子にのるな」
政宗と三成が心外そうに顔を見合わせ目を細める。
「別に、一緒に暮らしていて『恋人』っていうだけで、『結婚』はしていないだろう?」
桜に教わった500年後の日の本の言葉で、政宗がぬけぬけと言う。「だから俺たちにもまだ可能性があるってわけだ。なんだよ、みんなで食べようってこうして料理や菓子を用意したんだ。別に悪いことはないだろう」政宗は渾身の料理や菓子を抱え、馬の腹を蹴り楽しそうに走らせる。それを真似て付いていく三成。
「家康様、早く行きましょう。桜様が帰りをお待ちでしょう」
「早く来ないと料理より先に、俺が桜を食っちまうぞ」
「・・・っ、ああ、もうっ」家康は悪態をつきながら、二人の後を追い馬を走らせる。
信長に安土城へ呼ばれ、夜遅くまでかかる予定だったが案外早くに解放された。そうでなくとも、早々に切り上げて日が暮れる頃には帰るつもりではあった。
桜が待っている。そう思って足早に帰ろうとしたところで、二人に捕まった。
どこから仕入れた情報か知らないが、桜の生誕が今日だということを家康は黙っていたかった。夕餉で城の皆と祝い、夜は二人だけで過ごしたいと思っていたのに。だから他の人間には秘密にしておくように言っておいたはずだが、城の中に斥候でもいるのかと、家康は城の警護体制を見直す必要があると思った。
城へ着くと、我が家のように政宗と三成が部屋へあがっていく。
「桜!元気してるか〜?」
「桜様、お邪魔します」
「あぁ、もう・・・勝手に上がって・・・」
「・・・」「・・・」
「・・・?どうしたんですか、ふたりとも」
部屋の前で顔を見合わせて立ちすくむ二人に家康は声をかける。
「居ないぞ」「居ませんね。どちらに行かれたんでしょう?」政宗と三成が面白くなさそうに部屋を覗き見渡す。
続いて部屋を覗くと、すでに陽は落ちて暗いというのに部屋は真っ暗で明かりもついていない。いつもならこの部屋で、桜は家康の帰りを待っている。なのに、居ない。
三人で探してみるが、針子の仕事部屋にもいない。むしろ針子部屋が異様に片付いているのは気のせいだろうか。
女中のところへ行っているのかと思い尋ねるが、誰も知らない。
もしかしたら市へ出かけたのかと思い、門番をしていた兵に聞くが、外へは出ていないと言う。
呆れながら今一度部屋へと戻る。
(どこに行っちゃったんだよ、まったく。今更、また迷子?)
「なんだ、まだ城に慣れてないのか?桜は」
「桜様らしいですね」
家康の考えていることを代弁する二人に言い返せない。
「・・・昨日は、もう城に慣れたから大丈夫、なんて言ってたんですけどね」
政宗と三成は畳に座り、女中たちが運んできたお茶を一服する。
またどこかに迷っているのだろう。女中たちに桜を探すよう伝え、家康もお茶を飲もうと胡坐をかこうとして、ふと疑問に思う。
(・・・それにしても、なんかこの部屋も、妙に片付いてる)
ぐるりと自分の部屋を見渡しても、書物や薬瓶はいつもの通り綺麗に片付いているのだが、桜の物が普段よりも整頓されている気がした。奇妙なことに、少しだけ桜の物が減っている気がする。
そうして部屋を見渡した時、家康の机に何か文が置かれていることに気付く。
「・・・?」
机に近づき文を取ると、『家康へ。桜』と書かれている。
心臓が高鳴る。
(文・・・?何故・・・。)
文を開く手がもつれる。
書かれた文を見て、家康は固まった。
「おい?」
「家康様?どうされたのですか?」
様子に気付いた政宗と三成が、家康のところへ歩み、手に持つ文を見る。
「え・・・?なんですか?この文は」三成が息を呑む。
「おい!誰かいるか!今すぐ馬の用意をしろ!!それから兵も何人か集めろ!」文を見た政宗がいち早く声を荒げた。
「おい、家康!」
「・・・っ」
政宗に肩を掴まれはっとする。真剣な眼差しで、政宗と三成が自分を見ている。
「呆けてる場合じゃない・・・追いかけるぞ」
(・・・いったい、なんで。桜・・・。)
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