惜別の涙

□惜別の涙/ep1
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「・・・っ。」
一瞬、何かにハッとして後ろを振り返る。自分たちの馬の足音しかしない。
野原が静かに広がるその先は、暗闇に包まれている。
(家康・・・今頃、手紙見てるかな。絶対に怒ってるだろうな。ちゃんと話さなくちゃいけなかったのに・・・話す覚悟ができなかった。)
途端に肌寒さを感じ腕をさすると、信玄が気遣うように体を包む。
「どうした、桜。寒いか」
「あ、ううん、大丈夫」
「そうか。もうすぐで着くから、そうしたらまずは風呂に入りなさい。疲れたろう」
馬上で信玄に体を包まれながら、前を向く彼の視線を追うと、躑躅ヶ崎館と呼ばれる信玄の居住が見えてきた。
「わぁ・・・信玄様の居住へ行くのは初めてですね」
「そうだな。時が来るまで、しばしの間ゆっくりするといい。佐助や幸村も来ているはずだよ」信玄がやんわりと告げると、桜は罪悪感を感じつつも、彼らに会えることをとても楽しみに思った。
(佐助くんとは時々手紙のやり取りをしているけど、会うのは久しぶりだなぁ)
桜は嬉しさに微笑んだ。
「やっぱり君の笑顔はいいな。家康のものにしておくのには惜しい。俺のところでこのまま住まないか?」耳元で囁かれ、優しくか噛みつかれる。
「ぁ・・・っ」
「その声、たまらないな」
「もう、また!今日で何度目ですか?そんな冗談やめてください!」信玄を笑いながらじっと睨む。
「冗談ではないさ。俺は本気だよ。気が向いたら、家康のことなんて捨て置き、俺のところへ来るといい。大歓迎だよ」
「・・・行きません!」
「そう怒るな。そうこうしてるうちに、ほら。幸と佐助の出迎えだ」
まだ遠目だが、門の前で幸と佐助らしき人物が、待ちわびたといわんばかりに手を振っているのが見えた。
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