惜別の涙

□惜別の涙/ep2
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何かが、桜の頬をふわりとかする。
(・・・くすぐったいな。)
またふわりと、今度は少し長く頬をかすられる。
(・・・もう、やめてったら)くすぐったさに、ぱちりと目を開ける。
目を開けた桜は自分の状況をすぐに呑み込めなかった。
空が、縦になっている。
鳥までも縦に飛び、草花は横に咲いている。
(縦っていうよりも・・・私、寝転がってる?)
咄嗟に体を起こそうとして右腕がしびれた。どれくらいこの体制でいたのかわからないが、腕がうっ血してしびれるくらいには長く横たわっていたらしい。
しびれる右腕をかばいながら半身を起こすと、周囲を見渡し、しばらく考えた。
(ここ・・・どこ?)
辺りには野原が一面に広がっていて、古くて今にも崩れてしまいそうな建物・・・神社があった。
ひらひらと目の前を、ねこじゃらしが揺れる。そこで初めて、誰かが自分の頬を猫じゃらしで撫でていたということに気付いた。
「お姉さん、大丈夫?」
「え・・・っと、ああ、うん・・・大丈夫」
猫じゃらしをひらひらと揺らし、半袖短パンの男の子が桜を見ていた。
「手、どうかしたの?」
「ちょっと、しびれちゃって・・・」
桜がへらっと笑うと、少年は愛嬌よく笑みを浮かべ、小さな手を差し出した。
「立つの手伝ってあげる」
「・・・ありがとう」
その手に手をのせると、彼は優しく引っ張り起こしてくれた。
立ち上がって少年を見ると、桜と同じかそれより高い身長だ。髪は栗色。15歳くらいの中学生かな?と呑気に考える。
「お姉さんは、どこから来たの?どうしてここで寝てたの?」
そう問われハッとする。
(そうだ・・・ここ、どこなんだろう)
あの時。佐助の分析通りに酷い天気になり雷が落ちた瞬間、確かに黒い闇に包まれた。周囲の声が聞こえなくなり、自分の声も届かなくなった・・・。そう思い出して胸がずきりと痛んだ。
(家康・・・。きちんと伝えられなかった)
「ねえってば。また同じこと聞くけど、お姉さんはなんでここで寝てたの?」
「・・・寝てたわけじゃないよ」
「ふーん」少年は怪訝そうな顔をする。
「あの、君にひとつ聞いてもいい?」
桜は痺れる腕を摩りながら少年に聞いた。佐助の分析通りであれば、うまくいったはず。桜が居た時代、つまり平成の時代にたどり着いているはずだ。
「うん、いいけど。なに?」
「今って、平成だよね?ここはどこ?」
「・・・ねーちゃん、頭大丈夫?」愛嬌のある顔から一変、変な女でも見るような冷たい眼差しだ。
「失礼ね、大丈夫よ」桜は憮然と答えた。
「・・・大丈夫に見えないけど。まあいいや」少年はため息をついた。
「あのさ、今は平成かって、本気で聞いてる?」
「え?」
少年は大げさにため息をついて、桜に言った。
「今は安久45年。ここは江戸。平成は、ざっと1000年前になるよ。おねーちゃん、大丈夫?」
(あんきゅう・・・平成が、1000年前・・・?え、あれ・・・?)
「え、えーーーー!?」
桜の叫びが、大きな野原に広く遠く走り抜けていった。




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