月白風清

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スペインから日本に帰ってくるのは
何年ぶりだろう






前回帰国した時に柾輝たちと
冬のオリンピックを見た記憶があるから…

約2年ぶりか。






空港には多くの人。

警備員に規制されながらも携帯電話や手持ちのカメラをこちらに向けてくる

いつの日か、こんな光景にも慣れた。

昔の僕だったら、眉間に皺をつくって睨み付けるまではしなくても、
全身から不機嫌オーラが滲み出ていただろう。

そう考えてみると僕も随分とまるくなったものだ。






「まーた、眉間に皺寄せて。可愛い顔が台無しだよ?」

「あのねぇ、可愛いって言われて僕が喜ぶとでも思ってんの?
こんなに付き合いが長いのにわかってないってことはお前、やっぱり頭の中からっぽだね」



「あはは、また怒ってるー!」







僕はよく怒っているように見られる。

それはきっと話すのが早い点と、遣う言葉が原因だろう。

原因はわかっているけれど、それを直す義理はこちらにはない。






君の笑顔を想い出す。

同時に涙を想い出す。

君は今、笑っているだろうか。













ポケットの携帯電話が鳴る。玲からだ。


「もしもし、翼?」
「今、空港に着いたところだよ」


「マルコが迎えに行ってるから合流して」
「はいはい、あ、いた」




出口ゲートの前で手を振るマルコを見つけ、
玲との電話を切る。




「ツバサ、久しぶりだね」
「そうだね、迎えありがとう」






3年前に榊さんと玲は結婚した。

2年前に帰国したのは2人の結婚式に出席する
ため。

玲は選手時代のように髪を伸ばして、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。

本当に幸せそうだった。




今だから言えるけど中学生くらいまで僕は
玲のことが好きだった。

どこが好きだったかと言われれば自分でもよくわからないけれど、
一番身近にいて、まあ美人で、サッカーに理解があって会話も弾んで。


当時の僕と対等に話せる女性はなかなかいなかった、
というのが一番の理由だったかもしれない。




思春期なら大人の女性に惹かれるという経験は決して珍しくないだろう。

悔しいけれど僕も一般男子の一人だったということになる。








「青葉は元気?」
「もう毎日笑って泣いて騒いで大変…戦場だよ」



「ははは、そりゃ楽しみだね」






青葉というのは榊さんと玲のこども。
去年産まれたから1才になったところだろうか。


ずっと飛葉中や東京選抜の監督をしていた玲も、
今は青葉の母親として日々奮闘中というわけだ。

そういえばこの間電話した時に、

「青葉との闘いに比べれば、昔やった選抜同士の試合なんて楽勝だったわ」

なんて言ってたっけ。




あの試合のことを、

10年以上経った今も僕は忘れていない。

中学時代過ごしたあの時間は本当に充実していて、


つらいこと、

悩んだこともたくさんあったけれど

自分の将来について、サッカーについて考えることが出来た。

あの時代があったから、今の自分がいると言っても過言ではない。






サッカーを言い訳にしたくなくて、

高校もある程度名前の知れた進学校に進んだ。

文武両道は僕のポリシー、

プライドだった。





だから、君と出逢えたね。













「黒川君たちにも会うんだろう?」
「うん、今日がオフらしいからね」




車で玲達の待つ家に向かう。

昔は僕の家に居候していた玲はこの街が気に入っているらしく、
僕の家から数百メートル離れたマンションに暮らしている。







「ただいま」
「お邪魔するよ」
「きゃ――――♪」







玄関を開けると金切り声のような幼い声が玄関まで響く。

リビングに足を進めると、青葉を抱きあげる玲の姿があった。





「あれ?また髪切ったんだ」
「青葉が引っ張ってくれるものでね」
「きゃっきゃっ」





結婚式の時に伸ばしていた玲の髪の毛は、
僕たちの監督をしていた時代と同じくらいのショートカットになっていた。







「はじめまして、青葉」




小さなその子に近づく。

玲から何枚も写真が送られてきたけれど、
実際青葉に会うのは今日が初めてだ。


初めて会った僕をじーっと、不思議そうに
見つめるふたつの小さな瞳。


小さな手の前に僕は人差し指を一本出す。

本能なのかまるで当然のように、

小さな手がそれを掴む。あったかい。







「きゃっきゃ♪」
「あら、初対面なのに。青葉、上機嫌ねー」
「当然だろ、僕を誰だと思ってるんだよ」





「青葉はイケメンが好きなのかしら」
「あ!こら!食べるな!」




僕の指をじーっと見つめた後、
それを口に入れそうとするから僕は急いで手を引く。




「まだ手洗ってないんだから汚いだろ?」


なんてこんな子供、というか赤ん坊に通じるはずもない。

まあ先に指を出した僕が悪いんだけど。



「うぅ〜?」

青葉は不満そうな声を出し、口を尖らせる。

こんなに小さくても好き嫌いや良い悪いの
区別くらいはしてるんだな、と感心する。




スキ、キライ、ヨイ、ワルイ……







それから10分ほどして、柾輝と六助が迎えに来た。




「よお」「久しぶり」
中学時代からほとんど変わっていない。

つい10年もの月日の流れを忘れてしまう。




歩いて近所の飲み屋に向かう。
僕たちが集まる時は大抵この店と決まっている。


店の扉を開けると五助と金髪のサルが先に座って待っていた。





「翼ぁ!久しいのぉ!」
「直樹は相変わらず騒がしいね」
「2年ぶりに話す一発目がそれかいな!」


直樹は相変わらず金髪で派手な格好で五月蠅い。


「ビールでいいか?」六助が訊いてくれる。

「うん」返事をしながら僕はいつもの席に座る。



この店に限らずこのメンツで集まる時は真ん中が僕の指定席。



間もなくして5人分のジョッキが運ばれてくる。








「「「「「カンパーーーイ」」」」」



中心でジョッキが音を立てる。







「今日は翼の奢りやんな?」

「なんでだよ!」

「お前が一番稼いでんだろ?」

「柾輝までそんなこと言って」

「それに一番年上だしな?」

「んな!五助と直樹も同い年だろ」

「翼が一番誕生日早いからなー」

「焼き鳥の盛り合わせくださーい、塩で!」

「あ!あとビール2本」

「俺カードしかないし。ここ現金しか遣えないだろ?」

「ブッブー!先月からカード会計も出来るよう
になったんですぅー」






ノリというか、会話のテンポは昔と変わっていない。


話はみんなの近況報告から始まる。


直樹は昨日試合で得点に絡んだとか、

五助に彼女が出来たとか、

六助は犬を飼いたいとか。








「で、柾輝は?」

「俺?いや、特に何も変わりないけど…あ、子供できたわ。今3カ月」








「「「「………えぇ―――???!!!!!」」」」





「それ、俺らも訊いてないんやけど」

「早く言えよ」

「やったな」




柾輝は高校時代から付き合ってた彼女と
5.6年経って結婚した。

柾輝は結婚式も挙げなかったし、
本人もあまり奥さんの話をしないからつい忘れていたけれど、
こいつ結婚してたんだな。


ついに父親になるのか…。





「安定期に入るまで公言出来ないこともあるだろう。

柾輝…おめでとう」




「サンキュ」








「男の子かな〜、女の子かな〜」

「お前に似ないといいな」

「こんな目つき可哀想や!」

「奥さんに似るといいな」




こうやって昔と変わらないように話していても、
結婚して子供が出来た、なんて話をしなが
ら酒を飲んでいる僕たちは
確実に大人になっている、

いや、年を取っている。








「本当におめでとう。
大事にしろよ、奥さんも、子供も…」

「あぁ」







僕のその言葉の重さを知っているのは、

この中では柾輝だけだろう。









「翼、日本酒飲まん?」

「まだ飲み始めたばかりだし、早いだろ」

「日本に帰ってきたんやから日本酒飲まんと!」

「そうだよ翼。すみませーん、冷酒とお猪口5つ下さーい」

「はーい」






それからも直樹のペースで酒を飲まされた。

尤もスペインにいる僕が直樹に酒でまけるわけがないのだけれど。


まだ完全に陽が落ちていない内から飲み始めたにも関わらず、
時計の短針は12を指している。







「昔はもっと飲めたんだけどな」

「流石にもうオールはキツイな」

「ねむっ」

「じゃあ会計お願いします」




僕は店員に声をかける。






「本日は店主からご馳走させて欲しい、
とのことですのでお支払いは結構です」

「え?」




この店はずっと贔屓にしていて、
店主とも顔見知りだが、さすがにこんな長時間居座って、
たらふく食べて飲んだ上に、タダでご馳走になるなんて申し訳ない。




「でも…」

僕が躊躇っていると、カウンターの奥から店主が顔を出す。




「また来てくれよ。
お前らが来ると俺も昔に戻ったみたいで楽しいんだ」





昔より目尻の皺が濃くなっただろうか。

僕たちが中学生の頃から、おやっさんと呼んで慕っている店主。




「ありがとうございます。必ず、また来ます」

5人で深々と頭を下げてお礼をして、僕たちは店を出た。






夜も更け、繁華街から離れた住宅地の先にあるこの道は、

人の気配もなく、灯りもほとんどない。

月だけが明るく僕たちを照らす。










「翼、いつまで日本おるん?」

「2週間くらいの予定」

「じゃあ、もう一回くらい飲もうぜ」

「賛成!」

「じゃあな」

「おう」














ひとりの帰り道。



月夜の帰り道。



この街の匂い。



想い出す、



君との日々。









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