月白風清

□愛、屋烏に及ぶ
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愛、屋烏に及ぶ









「ねえ!見た?椎名くん、髪切ったよね?」

「うん!髪の毛短いと、
 少し男の子っぽくなるからますますかっこいいよね!」





男の子っぽくなる、というか
彼はれっきとした男の子なのである。



「かわいい」などという言葉は
彼の前では御法度なのだけれど、
あの容姿を前に「かわいい」と口に出してしまった女子は
これまで数えきれないほどいた。


その度に彼は機嫌を損ね、
私に八つ当たりしてくるのだから
いい迷惑である。






「いっそのこと、坊主にしちゃえばいいのに」

「そーだねー」


私の話なんか、まともに聞いてくれたことないような気がする。

私が椎名の話を少しでも聞き逃すと
これでかというほど罵声を浴びせるくせに。

自分のことは棚に上げるのだ。





「坊主にすれば」と言っては見たものの、

この整った顔をもってすれば坊主だって

似合ってしまうような気がする。




以前、椎名が昼休みにレモンティーを
飲むのにハマった時期がある。

すると、学校中の生徒が真似をして
レモンティーを愛飲しだした、という事件があった。

学校の自販機のレモンティーが売り切れてしまったのは、
この学校初めてのことだったらしく、
自販機の補充業者のおじさんも非常に不思議がっていた。

しかし、おかんむりになったのは他でもない椎名だ。

なんせ自分が飲みたいレモンティーを
買おうとしても、売り切れているのだから。

自販機を2台回って、どちらの機械でも
売り切れていた時点で、
気分を害した椎名は例のごとく私に当たる。







「ねえ、なんでレモンティーがないわけ?」

「椎名、それはあんたが悪いよ」






「はぁ?」

「あんたがレモンティーにはまってると知った全校生が、
 椎名の真似をしてレモンティーを飲むようになったんだよ」




説得する気など、さらさらなかったけれど
椎名の表情はだんだんと曇っていく。




「なんで俺が悪いんだよ」

「自分の人気をわかっていない椎名が悪い」





それからというもの、椎名は毎日同じものではなく、
その日によって飲むものを買えるようになったのだ。


たかが飲み物、されど飲み物。


椎名の行動一つひとつが全校生徒の注目の的なのである。




この出来事を私は「レモンティー消散事件」と呼んでいる。






話が脱線してしまったが、その事件のことを想い出して、
もし本当に椎名が髪形を坊主にしたら、
それに憧れた多くの生徒が坊主にするかもしれない。


全校生徒の半数が坊主ヘアーの学校なんて、
なんとも異様で不気味だ。

しかし、ちょっと面白いかもしれない。






「ふふ…」

「お前またくだらないこと考えてただろ…」





椎名が一瞥お見舞いしてくれる。

はじめはこのまなざしに本気で傷ついたこともあったが、
今となってはこれも椎名のコミュニケーションの取り方のひとつだということがわかる。







「本当、こんな奴のどこがいいんだろう…」


そう言いながら、私はレモンティーを飲むのであった。















愛、屋烏に及ぶ(あい、おくうにおよぶ)

意味:人を激しくまた真剣に愛すると、
   その愛する人が住んでいる家の屋根に
   留まっている烏をも愛するようになる。

   つまり、愛する相手自信だけでなく
   その人に関係するすべてのものに
   愛情を注ぐようになること



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