月白風清

□合縁奇縁
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合縁奇縁(あいえんきえん)










「げ、」

「そんな不機嫌そうな顔をされる覚えはないんだけど」







別にこいつに恨みがあるわけじゃない。
ただ、こいつの存在は私にとって迷惑なのは事実なのだから仕方がない。






「あんたがいるところはいつも女子がたくさんいて、
私はおちおち静かに昼寝が出来ないのよ」

「別に僕が悪い訳じゃないよね?」





無敵の笑み。





「うっ…」

正論をぶつけられると何も言えない。
冒頭でもお伝えした通り、こいつ、椎名翼が悪い訳ではないのだ。

彼がどこにいても気になってしまうミーハーな女子たちが悪いのだ。






「でも、ここはバレテないから静かだね」

「そういえば…」





周りを見渡しても例の椎名翼のファンと思しき女子生徒の姿は見えない。

もしかしたら陰に隠れて様子を伺っているのかもしれないけれど、
うるさくないのであれば私にとっては特に問題はない。


ここは学校の屋上で普段は鍵がかかっている。

しかし、私の兄が昔この学校に通っていた時に、
屋上の鍵の合鍵を作っていたのだ。

兄が卒業した次の年に私が入学して、
その鍵が私に引き継がれたのであった。





「いいか、この鍵は代々引き継がれし屋上の鍵だ。
 お前も大事にしろよ」

「引き継がれし、って…。
 まだ兄貴が私に引き継いだだけでしょ?」




兄が初代だとするならば私は二代目、ということになるのだが、
今のところ洋服のおさがりと大差ない。

兄のウルトラマンのTシャツのおさがりを喜んできていた幼少期を想い出す。




とは言え、今このおさがりの鍵が役になっているのは
事実だから何も文句は言えないんだけれど。



話を聞けば、今日たまたま屋上に足を運んだ椎名翼は、
昨日たまたま私が鍵をかけ忘れてしまっていたため
運よく屋上に入ることが出来たというわけだ。




ふと、隣に目をやる。長い睫毛、整った横顔。









「ねぇ!きょーこの学校に椎名翼くんが入学してくるんだって!

 いいなぁ〜。私ももっと勉強してきょーこと同じ高校に入れば良かったぁ…」






一カ月ほど前の3月、偶然、駅で会った地元の友達が
久しぶりに声をかけてきたかと思えばいきなり知らん奴の話をし出した。





「誰?しいな?」

「えぇ!!椎名翼君のこと知らないの?
 あんたそれでも女子?」





突然知らない人間の話をし始めた上に、
女子の風上にも置けないというような言い方をする友人。

まあ飾らず物事をはっきり言う点は彼女の長所でもあるのだが。




その椎名翼が今、私の隣にいて静かに読書をしている男である。

男にしては美しすぎる顔、
少し低い身長など気にならないくらいその他の長所がそれを補っていた。

こんなに間近で椎名翼を見たのは初めてのことだった。






「なに?」

少し機嫌が悪そうに一言呟く、椎名翼。

お前もあの女子たちと同類なのか、とでも
言わんばかりの目つきだった。







「別に」

私も一言だけ呟く。

本当に特に理由などなかったからだ。

私は椎名翼という男には興味がない。

ただ、その美しさに思わず目を奪われたのだった。

そんなこと恥ずかしくて、口が裂けても言えない。






「ここってさ、キミがいないと入れないの?」





私の方を向くわけでもなく、
まるで空に問いかけるかのように椎名翼が話し出す。





「まあ、私しか生徒では鍵持ってないからね」

私も本に視線を送ったまま返事をする。






「ふ〜ん」

顔は見えなかった。

でも椎名翼が何か良いことを思いついた、

そんな風に考えたような気がした。







「じゃあ、無断で屋上を使ってるって
 先生にばれたら面倒ってことだね」




慌ててバッと椎名翼の方を見ると、
予想通り口の端を引き上げて笑っていた。
ただその無敵っぷりというか、勝ち誇った表情は
予想以上に美しく、私はまた見とれてしまいそうになる。






「せっ!先生に言う気じゃないでしょうね」

それは非常に困る。

先にも申し上げた通り、椎名翼がこの学校に入学してきてからというもの、
学校中がどこか浮足立っているというか、
少し騒がしくなったのだ。

昼休みにはのんびり自分の時間を過ごした私からしてみれば大変迷惑な話だ。

先生たちは学校に活気が出て良い、と言っているけれど私には関係ない話。

椎名翼がいなくても、それなりに私の学校生活は活気があるつもりだから、よけいなお世話だ。






「ばらされたら、困るわけ?」


「こ、これは代々受け継がれている鍵なのよ。

 だから絶対にばれちゃいけないの」





こともあろうに、私は兄の言葉を借りて椎名翼を説得しようとしているのだから滑稽だ。






「そんな意味のないことするわけないだろ」

キミの思考力のなさにはがっかりだ、とでも言わんばかりに
椎名翼はわざとらしい溜息をつく。






「すごく都合のよい場所だから、
 僕にも居座る権利をくれ、ってだけの話だよ」


「えー!嫌だよ!
 椎名翼がここで休んでるってばれたら、
 他の生徒もここに大勢きちゃうじゃん!」





先生に屋上の使用がばれて、
怒られて屋上が使えなくなることはもちろんつらい。

しかし、この場所に多くの女子が来てキャーキャー騒がれたのでは元も子もないのである。






「大丈夫、絶対にばれないようにするから」

満面の笑みで、自信満々に答える椎名翼。

一体その自信はどこから来るのだろう。






「現に今日も、取り巻きたちを散らして
 ここに来たわけだしね」





にっこり。




その笑顔はあまりに完璧すぎて却って不気味で鳥肌が立つ。






「断る気じゃないよね?」

満面の笑みをこちらに向けたまま、
椎名翼は回答をこちらに迫る。


もはや、ノーと言えるはずなどない。






「わかりました」






キーンコーンカーンコーン…

私の返事と同時に予冷が鳴る。

あと5分で午後の授業が始まる。

何だかんだ今日は一睡もできなかった。










「よし、決まり!じゃあまた明日も来るからよろしく」

椎名翼が立ち上がる。





「あ、うん」

座ったままの私は、椎名翼を見上げる格好になる。








「あと、俺の名前知ってるよね?
 俺だけ知ってるのってすごい癪なんだけど?あんたの名前は?」


「かがみきょーこ、だけど」







「じゃあ、よろしくね。きょーこ先輩♪」




そう言って、椎名翼は屋上の扉を開けて出て行った。

その様は、さわやかな風のようだった。







「きょーこ先輩って…、ずっとタメ口だったくせに」





そうなのだ。椎名翼は私の1年後輩で、
今年の春に新入生として入学して生きたのだ。

私たちの学校は制服は皆一緒だが、
校内で履いている靴のラインの色が学年ごとで異なっている。

椎名翼が私の上履きを見ていた気配はなかったように思うが、
あいつのことだからいつの間にか、
何なら屋上に入ってきたその瞬間に
私が先輩であることに気が付いていたのだろう。

しかし気がついてもなお、敬語で話すことはなく
友達のように話し、交渉までしたのだろう。

全く隅に置けないやつだ。







「椎名翼…」





これが私と椎名翼との出逢いだった。












合縁奇縁(あいえんきえん)

意味:人と人とがめぐり逢い、
   また愛し合うようになるのは、
   これ全て縁によるものである。

   人と人とのめぐり逢いには縁という
   不思議な力が働いているということ。


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