月白風清

□諸事情により
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「ごめん、翼。



 しばらく、会えない…」






ツーツーツー……




耳元には無機質な電話の音。





「は?あいつなんて言った?」














諸事情により












事の始まりを思い返してみれば一週間前になるだろう。




「翼!私一週間ほど帰省してまいります」


「あ、そう」




東京で一人暮らしをしている僕の彼女が
夏休みの一週間、実家に帰省するというのだ




「なによー、その反応。ちょっとは寂しがりなさいよー」

「あー、寂しい寂しい」



「ちょっとなんで棒読みなのよー!」


ムキーッという表現が最適であろうその表情は
付き合って一年経っても、僕を飽きさせず楽しませてくれる



「久しぶりの帰省なんだからゆっくりしてきなよ」

「翼も一緒に行ければよかったのにね」



生憎、僕は明日から選抜の合宿なのだ。
まあ、僕がいない間に帰省するのだからちょうどいいと言えばちょうどいい。



「翼も合宿頑張ってね!お土産買ってくるね!」

「はいはい、気をつけて行ってこいよ」




まるで子供のように大きく手を振るきょーこを駅で見送って、僕も合宿の集合場所に向かった。



3泊4日の合宿が終わった夜、きょーこに電話をかけた。

東京に比べて田舎だから、実家に帰った時には意外と暇でゴロゴロ漫画を読んでいることも多いときょーこが以前話していたのを想い出したからだ。






「もしもし?」

「もしもしー?あ!つばさぁ?」



3日ぶりに聞いたキミの声。

東京にいる時は、ほぼ毎日のように会うか電話をしていたから、たかが3日なのに久しぶりというか、懐かしい気持ちになる。




「あれ?今、家じゃないの?」

「え?何?聞こえなーい」




電話の向こうは明らかにどこかの飲食店で、きょーこの声の後ろから複数人の声が聞こえてくる。



「今、地元の子とプチ同窓会?みたいなのしてるんだー♪」

「へー、それは楽しそうだね」




「うん!久々に会ったのにみんな全然変わってなくてすっごく楽しい!」


顔は見えなくても声からきょーこがその場をとても楽しんでいることが伝わってきた。





「そっか、邪魔しちゃ悪いね。じゃあ楽しんで。飲みすぎるなよ」

「うん、ありがとう!翼、おやすみ〜」



電話を切ると、部屋の静けさが際立った。


お盆期間だし、地元に帰っているのはきょーこだけじゃないだろうからみんなで集まろうというのは自然な流れだろう。

僕の知らない友達がいるのは当然のことで、もちろんキミの知らない友達が僕にもいる。






「寝る、か…」


特に他にやることもないし、合宿でそこそこ疲れている僕はベッドに横たわりいつの間にか眠っていた。







それからの3日間も特に僕から連絡することもなかったし、きょーこからも連絡はなかった。

きょーこがこれまで実家に帰ることは何回かあって、いつも帰ってきた日にメールが届く。

そして、今度いつ会うか相談して、お土産を持ったきょーこが僕の家に来る、というのがいつもの流れだった。






ピロリン…♪


この間抜けな音はきょーこからの着信音

他の人と分けて、きょーこからの連絡だとすぐわかるようにしている。

この何とも言えない音はきょーこにそっくりで、我ながら気に入っている。








「今日、東京に帰ってきました」



一行にまとめられた文章

女性にしては淡白なきょーこからのメールにも慣れた。




メールを確認して、僕の方から電話をかける。








「もしもし?」

「あ、翼。うん、今東京に戻ってきました」



「あぁ、おかえり。今、駅?」

「うん、そんな感じ」



「今日、練習終わってから家に行ってもいい?」

「んー、ちょっとダメかな」



「じゃあ、明日の夜、僕の家来る?」

「んー、それもちょっと…」









なんだ?


なんだか、様子がおかしい。









「ごめん、翼。



 しばらく、会えない」







は?






「おい、どういう意味…って切れてるし」



一方的に電話を切るなんて、この僕が許すとでも思っているのだろうか。

実家に帰っている間に、能天気さが増したんだろうか。

理由は何にしたって、僕は納得できない。

きょーこが帰ってくるのを、僕がどんな気持ちで待っていたかわかっているんだろうか。





ふと、脳裏に過ったのは3日前に電話した時の、電話の向こうの雰囲気。

男の声も聞こえたような気がする。

まさか、いや、きょーこに限って…







これまで何度か喧嘩したこともあったけれど、次の日にはちゃんと話し合って解決してきた。

だから、しばらく会えないなんて言葉をきょーこから聞くのは初めてで、僕は動揺するしかなかった。





「ふざけんなよ…」



気付いた時には、きょーこのマンションに向かっていた。

ちゃんと理由を聞かなくちゃ、いくら頭の回転が速い僕でも納得できない。





他に好きなやつが出来た?

何か僕が気に障ることをしただろうか?





「はぁ、はぁ…」

息を切らして、きょーこのマンションの部屋のインターホンを押す。








「……はい。どちら様でしょうか」

「僕だけど、お土産くれるんじゃなかったの?」





きょーこに会いたいだけなのに、素直になれなくてお土産なんて正直どうでもいいものを口実にしている自分が滑稽だ。





「翼がそんなにお土産を楽しみにしてたなんて知らなかったよ」

「嘘に決まってんだろ!」



きょーこは天然というか、言葉の裏を読もうとせずにすぐに真に受けてしまう。
その素直さが長所でもあり、鈍感さが短所でもある。






「なんだよ、急に…しばらく会えないって」

「ただならぬ、事情がありまして…」



インターホンの向こうできょーこはどんな表情をしているのだろうか。

突然押しかけてきて、迷惑に思っているだろうか。

こんなにも想っているのは自分だけなのだろうか。



そう考えると無性に虚しくなってきた。



僕、何してんだろう…







「もういいよ、他に好きなやつが出来たなら」


人の気持ちの移り変わりというのは、他人がどうにか出来るものではない。



僕は、玄関から立ち去ることにした。

玄関先で男がいつまでも立っていたら、きょーこもご近所から変な噂を立てられるかもしれない。








「ちょっと!待ってよ、翼!!」





ガチャリ、と勢いよく玄関が開く音がして僕は振り返る。



















「あれ?太った?」




















「だから会いたくなかったんだよー!!!!!!」






玄関を開けた主は、紛れもなく僕の彼女。


ただ、少し、ほんの少しだけ、一週間前よりも顔周りがふっくりしたような気がする。





「え?なに、そんな理由で僕に会うこと拒んでたの?」

「そんな理由ってなによ!乙女にとってはただならぬ事情だよ!現に、今!太ったって!言ったじゃない!!!!」




「ぷはっ!あははははは……」


マンションの廊下に僕の声が響く





「そ、そんなに笑わなくても…」


涙をこらえて笑う僕とは対照的に、不機嫌そうに口を尖らせるキミ。




「翼が、他に好きな人が出来た、なんて言うからつい開けちゃったよ」


ふがいない、というような表情をしている。






僕はキミの部屋の前に戻る。



「僕がそんな小さいこと、気にすると思った?」

「こ、これは私の問題というか、なんというか」






これだから、女性は。


女の人が思っているほど男は、太った、痩せたなど彼女に対して気にしていない。



「さすがに10キロくらい太ったら問題だけどね、見た感じ3キロってところかな?」

「うっ……」





どうやら図星らしい。






「絶対にすぐ痩せてやる!」

「はいはい」











諸事情により、僕たちは夏休み前に約束していた
ジェラート食べ放題付きのビュッフェはしばらくお預けとなった。








「翼!やっと元の体重に戻ったよ!」

「そう?変わった?」






「これだから男は!太るとすぐ言うくせに痩せたら気づかないんだから!」





きょーこが、怒る。

僕が、笑う。





明日は約束のビュッフェにでも行くとしようか。








→あとがき















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