薄桜鬼

□堕ちる花
1ページ/1ページ



目の前に広がる光景に、土方は目眩がした。
何故こんな状況になっているのか。
いや、むしろ、どうしたらこんな状況が出来上がるのか、教えて欲しいくらいだ。

「…何だ、これは」

一応聞いてみると、オロオロする斎藤、平助。
そして酔いが回っているのか、まあ仕方ないと言わんばかりに苦笑している原田と新八。

「ひ、土方さん!?これは、そのっ…」
「申し訳ありません、副長。皆で月見酒をと飲んでいたところなのですが、その中の酒の一つが、薬用に使われる強力なものが混じっていて…」


「で、それを総司が間違って飲んじまった、ってことか」


なるほど、だいたい状況は読めた。
それでこいつはこんな…

「あはははは〜、さのさあ〜ん」

普段ならあり得ない、総司の呂律が回っていない、甘えた声。
さらには、原田にまで抱きついている。
原田も原田で、総司の初めて見る光景を面白がって、満更でもないようだ。

まあ、普段、斬るだ殺すだ物騒なことばかり言って、飄々としている総司の初めて見る姿だ。珍しいのは珍しいのだが。

そもそも普段こいつは自分を失うまで飲んだりはしない。ゆっくりと、ちびちび嗜む程度だ。

(人は酔うとここまで変わるのか…)

どうやら総司は甘えたの笑い上戸になるようだ。まあ、普段の姿からすれば、まだ可愛らしいものだが。


「あ、土方しゃんだあ〜」
「っ!!!???」

その場にいた全てのものが、わずか一瞬にして凍りついた。
あの総司が、なんと天敵としている土方に猫撫で声で抱きついたのだ。
あの総司が、だ。

「土方しゃんも呑みましょうよ〜。いくら仕事が出来て有能だからって、働きすぎでしゅよ。しかも剣の腕前もなかなかだし、そして何よりすっごく男前だし、この前なんか花街で有名な美人の花魁に…」
「…っ、分かったから落ち着け、総司」

普段、土方を貶すことはあっても、褒めることなど滅多にない総司が、満面の笑みで土方のことを、まるで自分のことのように自慢している。
これには流石の土方も参ってしまった。
周りにいる者に至っては、驚きのあまり声すら発することができなかった。

「…とりあえず俺はこいつを寝かせてくる。お前らも、明日もあるんだからもう切り上げろ」
「は、はい。副長」
『お、おう…』















「えへへ〜。土方しゃ〜ん」
「ほら、布団敷いてやったから、寝ろ」

やっとこさ総司を担いで、総司の部屋まで辿り着き、布団まで敷いてやった。

(こいつ、いつの間にか俺よりこんな背も高くなって…)

普段であれば、こんなに総司に密着することもないから、気が付かなかった。
まあ、背は高くても身体自体は細身で、軽いが。

「まあ中身はまだまだガキみたいなもんだがな」

好き嫌いは多いは、金平糖には目がないは、子どもと一緒になって遊ぶは、悪戯ばかり仕掛けるは。
普段の総司を思い出し、つい土方の口元が緩む。

その時だった。

「…総司?」

総司が突然、土方の胸元に抱きついてきた。

「…っ、何だ、お前が俺に甘えるなんて、相手間違ってるんじゃねえか…?」
「………」

いくら酔っているとは言え、人はここまで変わるのか…?
しかし総司は黙ったまま一向に動く気配がない。

「…ったく、仕方ねぇな」

土方はそっと総司の髪を撫でてやった。
鬼の副長と呼ばれる普段の土方からは想像もできない、子どもをあやすかのような、優しい手つきで。

すると総司が顔を上げた。

「っ…」

その瞳は潤んでいて、頬は紅く蒸気しており、その色香に土方は思わず息を呑んだ。

そして、その顔がゆっくり近づいてきたかと思うと、

「ん…」

口付けをされた。

それはほんの一瞬の出来事で、土方は夢ではないかと、現実を疑った。

「…き」
「あ?」


「す、き」


総司の口から出た言葉は、土方には夢にも思わないものであった。
あの、総司が。
自分から近藤さんをとった憎き仇として、土方を鬱陶しく思っていたであろう総司が。


「好きなんです、土方さんが。ずっと前から…」
「…総、司」
「自分でも気付いた時にはびっくりして。でも、もうどうしようもなくて、どうしていいか分からなくて…でも、」

土方さんが好きなんです、


その言葉を聞いた瞬間、土方は沖田を抱きしめていた。
もう、無意識だった。
ただ、総司の潤んだ翡翠の瞳とか、紅く染まった頬とか、弱々しく不安気な表情とか。
何より、震えながら必死で自分の想いを伝えようとするその姿が、

「総司っ…」
「土方さ…?んっ…」

土方は沖田に深い口付けを与えた。
沖田の口内を貪るように。
これは夢ではないと、沖田が自分のものだと確かめるかのように、土方は夢中で沖田を求めていた。

「ん…っはあ、はあ…」
「総司」
「土方…さ、」




「俺も、お前が好きだ。…ずっと前から」





土方の言葉に総司は目を丸くさせ、分かりやすいほどに動揺した。

「へっ…、う、そ…」
「嘘じゃねえよ」

嘘で言うか、こんなこと。

「っ…夢、みたい…」

涙ぐみながら、心から嬉しそうに笑う総司は、初めて見るような表情で、土方は素直に綺麗だと思った。

「ばーか。…夢なんかじゃねえよ」


土方は沖田を抱きしめ、その日は二人一緒に眠りについた。










「うわっ!」
次の日、総司は驚きのあまり、朝から大きな第一声を上げた。それもそのはず、目の前には土方がいて、一緒の布団で寝ていたからだ。

(なっ、何これ…!?なんで土方さんが…)

昨夜は確か、月が綺麗とかなんとかで一君や新八さんたちと呑んで…それから、

(覚えてない…!)

その後の記憶が全くない。
これには沖田も頭を抱えた。

「ったく、朝からでけぇ声出すんじゃねえよ、総司」
「ひっ、土方さん…!」
「あ?」
「あの、僕、昨日の記憶がなくて…その、僕何かしました…?」

おどろおどろ聞いてくる総司に土方はニヤリと笑みを見せる。

「えっ、土方さん…?」

土方の意味あり気な笑みに、沖田にしては珍しくありありと不安気な、そして焦りの表情を見せる。

「…さあな。それくらい自分で思い出せ」

そんな沖田を余所に、土方は一言だけ沖田に告げると、そのまま沖田の部屋を出て行った。
沖田が何か叫んでいるが、土方は気にせず、大広間へと向かう。



「…まあ、もう一度言わせてみせるさ」




今度は、酒の力なんて借りずに、な。







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ