薄桜鬼

□武士にあらず剣であれ
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冬の夕暮れ時、通常なら肌寒さを感じさせる季節だが、稽古場から鋭く空気を斬る音が響き渡り、そっちに注意が向いていたせいか、あまり寒さを感じさせなかった。
ただの棒の素振りでこんなに迫力のある鋭い音を出せる者は、一人しかいるまい。

「あれ、どうしたの?はじめ君」
「すまない、稽古の邪魔をしてしまったな」
「別に平気だよ。そろそろ終わりにしようかと思っていた頃だしね」

そう、彼は沖田総司。
新選組一番組組長であり、おそらく、その剣の腕前で右に出る物は、この新選組の中にはいないのではないか。
総司は普段は飄々としており、子どもと遊んだり、菓子が好きだったり、背は高いが細身であったりと、あまり露骨に強さを感じさせない。
しかし、一度剣を持つと、その翡翠の瞳は強い輝きを放ち、一瞬の隙を突いては、相手を確実に仕留める。
実践においては特に秀でた男だった。
それは、相手を殺すことに一瞬の迷いも生じないからだ。


総司に関して違和感を覚えたのは、例の相撲取りの件だ。彼は、誰よりも人を斬りたがっていた。俺や平助、新八などもそうだが、初めて人を斬った時は、思わず身が震え、やはり罪悪感や自責の念、恐怖等といった様々な感情が入り混じった。
しかし、総司は笑いながら相撲取りを斬ったという。嬉しそうに、まるで無邪気な子どものように。

そしてやっと、この時が来たと言わんばかりに。

さらにその後は、たった一人で、壬生浪士組の仲間であった殿内を暗殺してみせた。
総司には、人を殺すことに対して抵抗がない。
それが何だか、危なっかしく見えるのは、俺だけなのだろうか。







「はじめ君?」

黙り込んでいた俺に総司が不思議そうに声をかけた。

「あ、ああ。すまない。…総司」
「ん?」
「一つ聞いてもいいか?」
「うん。僕に答えられる範囲なら、ね」

総司は意味あり気に笑ってみせた。
何でもかんでも話すことはない、という牽制なのだろう。

「お前にとって、武士とはなんだ?」
「えっ?…それは、はじめ君の方がいつも考えていることなんだし、僕に聞かなくても良いんじゃないの?」
「俺は…アンタの考えが知りたい」

そう言うと総司はうーん、と小さく困ったように笑った。

「僕、武士とかは正直良く分からないからなあ。僕はただ、新選組の、近藤さんの邪魔になる敵を殺すだけだよ」

それだけなんだ、と総司は下を向きながら小さく呟いた。
その声はいつもの総司ではないような、弱々しい物であった。


「きっと、はじめ君もそうみたいに、みんな理想としている武士像があるんだろうね。…でも僕は違う。僕は初めから、人を殺すためだけに、この剣をとったんだ」
「それだけではないだろう。お前の剣はちゃんと、近藤さんや新選組を守るという思想に基づいたものだ。それは立派な武士像であろう」
「…はじめ君は優しいね」
「別に優しくなどない。ただ真実を述べただけだ」
「僕には、善悪なんて分からない。人と獣の違いも、分からない。襲われたら返り討ちにするだけだ。なんていうのかな、僕は自分の意思で人を殺しているわけじゃないんだ。正直、誰が殺されて良くて、誰が殺されちゃいけないなんて、僕には分からない」
「いや、アンタはちゃんと敵を見分けて殺しているではないか」
「…そうかな。とにかく僕は言われるがままに、斬るよ。例えそれが、正しくないと思われるものであっても、誰が相手でも。近藤さんに、害なす可能性があるものなら」
「総司…」
「ごめんね。なんか暗い話になっちゃったかな。あまりはじめ君の参考にはならなかったでしょう」
「そんなことは…」
「もうすぐ、夕餉の時間だ。ぼくも着替えて行くから、はじめ君、先行ってて?」
「総…ああ、分かった。先に行ってアンタを待っていよう」

















「…ごめんね、はじめ君」

僕は一人、稽古場で呟いた。
僕はみんなみたいに優しくなんてないんだ。
何か思想があって武士になった訳でもない。
ただ、生きるために、僕はいつも相手を殺すことだけを考えて、剣を振るう。
みんなは優しいから、人を殺したあとに、何か感じるのかも知れないけど、剣として生きると決めた僕には、むしろ人を殺すことは喜びなんだ。

だってそれだけが、近藤さんの、新選組の側にいられる理由だから。


所詮憎しみから生まれた剣だ。
人殺しの剣としての才能はあっても、僕にはみんなが言うような武士には、到底なれない。
でも、そういう剣だって、必要なはずだろう?





だから、もしもいつか、新選組の誰かが近藤さんの敵に回るようなことがあれば、
その時は、






きっと僕は君だって、簡単に殺せてしまうと思うんだ。










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