Pandora hearts

□蝶々
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初めて会ったあの日、彼はただの幼い子どもだった。それも気弱そうで、臆病そうな。
何の力もない。それこそ、平和の中で柔らかく笑う姿がぴったりの、華奢で中性的な少年。

ただ一つ、ナイトレイ家の養子であるヴィンセント=ナイトレイにひどく気に入られている実兄だということ。それは同時に、ナイトレイ家の養子に入り、私の代わりにナイトレイの行動の監視役になれる可能性をもつ唯一の少年であるという素質であった。

それと、彼の異常なまでのオズ=ベザリウスへの執着心。

この2つが、平和から過酷で厳しい世界の住人になる、彼のきっかけと素質だった。

だが、実際に私の思惑通りにことがいくかは、予想としては低かった。彼は虫も殺せないような、とても弱く優しい少年だ。正直、頭もそこまで良いと思えない。
ナイトレイは裏社会の一族だ。それはつまり、人を殺すことを絶対に避けることができないということ。
果たして、彼にそれができるのか。
そこまでの覚悟があるのか。
オズ=ベザリウスを取り戻すまで何年かかるか分からない。
優しい環境は、もうないにも同然。
これからは裏社会を動かしながら、貴族として表舞台にも立っていかなければならない。

オズ=ベザリウスに心底忠実であった従者の彼が、ベザリウスと敵対するナイトレイの主人となるのだ。











「いや〜、今夜も貴婦人方の視線を独り占めでしたネ。さすがはギルバート様」
「…ブレイク」

ブレイクの言葉にギルバートはネクタイを緩めながら怪訝そうに答える。
今日は貴族が集まる夜会だった。
ギルバートにとって夜会は最も苦手と言ってもいい仕事であったが、今回はどうしても、あの鴉を解放できたこともあり、彼に欠席の拒否権はなかった。

夜会では、ギルバートの周りには人だかりができ、貴婦人の質問攻めで休む暇さえなかった。もともと無愛想な彼が、何とか必死で笑顔を保ちながら、沢山の女性と会話を交えることは苦痛だったに違いない。

彼の人気は、正式にナイトレイの子息として、鴉を開放できたことだけではない。
その整った顔立ちの為でもある。
金色の愁いを帯びた、それでいて鋭い瞳。
透き通った鼻筋に、薄い唇。
なかなか崩さないニヒルな表情と、謎めいた雰囲気。
彼からは、不思議な魅力と色香が醸し出されていた。謎めいた、何があるような。手を、伸ばしたくなるような。


(…ここまでとはね)


青年になった彼は、表情一つ崩さず、得意の銃で人を殺す。
ブレイクの指示通りに、ナイトレイの動きを盗み聴きし、報告する。
そして、誰も開放できなかった4大公爵家の獣である鴉を手に入れた。

正直、彼の成長にはブレイクも驚いていた。
ここまで、彼が私の役に立ってくれるとは。

(…それよりも)


「…ギルバート君」
「なんだ…って、ブレイク!」


ギルバートが衣装を脱ぎ、シャツとズボン姿になるやいなや、ブレイクは彼を強引にベッドへ押し倒した。
そう、ここはギルバートの家の寝室。
町から少し外れた小さな戸建の家だ。
ギルバートがいくら騒ごうが、喚こうが、周囲に全く問題はない。

「んっ…」

ブレイクがギルバートに口付けると、ギルバートの口から甘い吐息が漏れた。
そのまま舌を絡めていくと、ギルバートの身体からは面白いほどに力が抜けていく。

「もっ…ブレ…っはあ…」
「…こういうところはいつまで経っても初々しいですネ」

ギルバートの恥ずかし気に逸らされた瞳と、真っ赤になった涙目の表情をみて、ブレイクは嬉しそうに呟く。
そして2人はそのまま朝まで熱く抱き合った。必死で、互いを求め合うように。


いつからだろうか。
彼を見て、胸の内から湧き上がる衝動に耐えられなくなったのは。
それはきっと、彼から醸し出される儚さと、甘い色香。そして、本当は弱いのに、強がりばかりでそれを見せようとしない、彼の危うさ。

要するにきっと総てなのだろう。
彼の金色の、まるで極上の蜜のようなその瞳に、私の心は奪われてしまったのだ。




変わったのは、私か、彼か。







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