Pandora hearts

□嫉妬
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何故だろうか、気に入らない。

ギルバートは自分で自分の心の内と必死に葛藤していた。

ギルバートの金色の瞳に映るのは、珍しくまともな恰好、正装をしたブレイクの姿。
普段の訳の分からない、ゆるい服装とは違い、金のボタンや装飾があしらわれている上品な白色のスーツを身に纏っている。
勿論、意味のわからない喋る人形も、肩には乗せていない。
普段はおろして左右に跳ねている銀色の髪も後ろで一つに結ばれており、より、高貴で上品な印象を纏っていた。


そんなの、ずるい。
ギルバートは思った。

だって、ただでさえブレイクは剣の腕前が秀逸で、それは皆、周知の上で。
その秀でた才能に憧れている者も少なくない。
現にギルバートにはなかなか懐かない義弟のエリオットでさえも、ブレイクにだけは、滅多に見せないような輝く目で、尊敬の念を示している。
戦いでは、まず負け無しといっても良いだろう。それが、ブレイクという男だ。

その理由がもう一つ、彼はマッドハッターという、唯一チェインを殺すことのできるチェインを手に入れている。
これも、周囲が彼に畏怖の念を抱く、もう一つの理由だ。
チェインを所持しながら戦うものにとって、パートナーであるチェインを殺されるなんて、たまったものではない。
彼は、彼自身も、そして彼のチェイン自身も、最強にして最恐であった。

だからこそ、誰もが、ザークシーズ=ブレイクの名を知り、そしてその腕前に一目置いているのだ。


そんな彼の唯一の欠点が「変わり者」という点であった。
それは彼の見た目も、中身も含めて。

彼は絶対に他人に心の内を見せようとはしないし、それを許さない。
いつも飄々としていて、作り笑いばかり。
まあ、それをミステリアスと捉え、憧れる女性もいるが、同業者にとっては、全くもってやりにくい相手だ。
それでいて頭の回転も速く、いつも的確な判断をする。

しかし、彼の風変わりな服装と気味の悪い喋る人形を肩に乗せているおかげで、彼に直接近づく勇気のある女性は、それほど多くはなかった。

それなのに。
今日のブレイクといったら。

ずるいじゃないか、そんなの。
だって、どこからどう見たって、格好良い、高貴な男性にしか見えない。

そんなの、周りの女性が放って置く訳がない。彼自身、自分とは違い女性慣れしていて、どうせ愛想よく会話をしてみせるのだから。
そしたら、自分は、
そんな光景を目にしてしまったら…


「ギルバート君?」


先ほどから同じ部屋にいながら一言も話さず、上の空でいるギルバートに、ブレイクは声をかけた。

「そろそろ出発ですヨ」
面倒なパーティーのネ、とブレイクは面倒臭そうに肩をすくめておどけてみせた。

「なあ」
「ハイ?」
「何でお前、今日はそんなにしっかりした服装なんだ?」
「何でって…そりゃあ、今日はレインズワース家当主、シェリル様主催のパーティーですからネ」
一応、レインズワースの者としてはネ、とブレイクは付け加えた。

「ふーん…」




















パーティーでは、ギルバートの予想外通りの展開になった。
普段と違い、珍しく正装(それも良いものをあしらった特別なスーツで)をしているブレイクの周りには沢山の女性の姿があった。
遠くから見ているギルバートには、彼の表情までは分からないが、きっと、ブレイクのことだ、落ち着いた所作で、彼女達の話を上手く聞いているのだろう。

せっかくの陽射しも、綺麗に手入れされた庭も、色とりどりの花々も、ギルバートの目には入って来ない。
勿論、目の前に用意された沢山の美味しそうな焼き菓子やケーキ、良い香りのする紅茶でさえも、だ。

「ギル?」

余程酷い顔をしていたのだろうか。
隣にいたオズにどうしたと言わんばかりに顔を覗かれ、声をかけられた。

「っ、ああ、すまない。少し人ごみに酔ったみたいだ」

ギルバートは何とか笑みを作り、オズに向けた。聡いこの主人にはバレてしまっているだろうが。

「少し向こうの木陰で休んでくる」
「ギール」
「ん?どうした…って、おい!」

オズはギルバートの頭をわしゃわしゃと撫でた。ギルバートは訳が分からない、といった困惑した表情でオズを見ている。

「オ、オズ…?」
「いや〜、ギルがあまりにも可愛いからつい」
「かっ、かわ…!?」

「ギルバート、大丈夫だから」

そしてオズは優しく微笑みながら、ギルバートにいってらっしゃいと声を掛けた。




「はあ…」

ギルバートはパーティーが催されているところから少し離れた、庭の大きな木にもたれかかり座り込んだ。
心なしか、顔が火照った感覚と、少し頭がクラクラするような気がする。
今日はお茶会が名目のパーティーだから、お酒は飲んでいないはずだが…

とりあえずギルバートは頭を整理するため、大きく息を吸う。

(情けないな…俺)

本音を言ってしまえばブレイクが女性に囲まれてるなんて、そんなところ、見たくなかった。
だって、自分は男で、それも自信なんて何一つなくて。普段の姿や飄々とした言動に騙されていたが、ブレイクは本当は、


「ギルバート君」


ふと影が射したと思って上を見上げたら、そこには笑みを浮かべたブレイクがいた。

「ブレイク…」
「こんなところで何してるんですカ?」
「…少し人混みに寄ったから、休んでいただけだ」
「そうでしたカ」
「それより、お前は戻った方が良いんじゃないのか?」

きっとあの女性達は、今頃ブレイクが戻って来ることを心待ちにしていることだろう。
ギルバートはブレイクからフイと顔を背けた。

「ワタシ、ああいう煩い女は苦手なんでス」

そういうとブレイクはギルバートのとなりに腰を下ろした。

「嘘付け。満更でもないだろう」
「何を勝手に決めつけて…というか、何か機嫌悪くありまセン?」
「別に」
「いや、悪いデス」
「だから悪くないって言っているだろう。しつこいぞ、お前」
「ふーん。じゃあちゃんとこっちを見てくだサイ」
「……」

その言葉にギルバートは観念したかのように、おずおずと顔をブレイクに向けた。
その金の瞳は不安気にゆらゆらと揺れていて、頬は紅く染まり、困惑の表情を浮かべていた。自分でも自分がよく分からないといったような。

その表情はブレイクも予想外だった。
てっきり、ギルバートは眉間にしわを寄せ、不機嫌な顔をしているものだと思っていたからだ。

「ギルバート君…?どうしまシタ?」

ブレイクの声色があまりにも優しくて、そして優しい手つきで頬に手を添えてくるものだから。
ギルバートの頭は余計クラクラして、もう訳が分からなくなって、油断すれば涙が溢れてしまいそうだった。

「…だって、ブレイクが、格好良いから」

だからつい、普段言わないような、心に秘めていた本音が出てしまった。

「…え?」
「だから、今日のブレイクは正装で髪も結って、変な人形も乗せてないし、そんな姿誰が見たって格好良いと思うのに、そうしたら予想通り沢山の女性に声掛けられて、囲まれて…!」
「ギ、ギルバート君…?」
「そうでなくても、ブレイクは本当は頭も良くて、いつも的確で、冷静で、何より剣の腕前も本当にすごくて、強くて…!その上マッドハッターだって所持してて、みんな憧れてて…!」
「……」
「なのに俺はただのヘタレで、お前の左眼になれる自信も全然ないし、女性でもないし、お前は本当なら沢山の女性にもてるのも分かってるけど…」

ギルバートは顔を真っ赤にし、瞳からは涙が溢れそうになりながらも、何とかブレイクの方を見て溢れる想いを必死で伝えていた。
その様子を、ブレイクはただ黙って聴いている。

「だから、お前はずるい!もともとそんなに格好良くて、沢山の人間に尊敬されてるのに、なのにそんな格好までして…格好良すぎて、ずるい」

ギルバートが息を切らして、一通り言い終えると、ブレイクは喉の奥でくつくつと小さく笑った。

「…君はバカですネェ」
「なっ…!」

ブレイクの言葉に反抗しようとしたギルバートに、ブレイクは口付けた。
ブレイクが食べていたのであろう、甘い菓子の味が、ふんわり広がる。
そして名残惜しそうに唇を離すと、ブレイクはギルバートの頬を両手で優しく、それでいてしっかり包み込んだ。

「ワタシがこんなことをしたいと思うのも、するのも、そしていつも頭の中で考えているのも、君だけなんですヨ」
「ブレイク…」
「ワタシを高揚させるのも、落胆させるのも、君だけなんでス」
「……」
「愛していますよ、ギルバート。君だけを」
「…俺も、ブレイクが、好き。大好き。だから、俺だけのもので…いて」



(…今日はやけに素直ですネ)



正直、ギルバートの言葉に、ブレイクは今この場で彼を滅茶苦茶に抱いて、どれだけ彼が好きかを伝えたかった。その衝動を必死で抑えた自分を褒めてやりたい。
だって、あんな顔で、自分のことをどれだけ好きかなんて伝えられたら、男として抑えきれないだろう。
むしろずるいのは、ギルバートの方だと思う。あんなに可愛い顔で、あんなに可愛いことを言うなんて。



ブレイクが想いにふけっている間、ふと横を見るとギルバートは眠ってしまっていた。
きっと、オズか誰かにこっそり酒でも混入されたのだろう。
そうでなきゃ、彼がこんなに素直に想いを吐露する筈がない。
相変わらず良くできた主人だ。


(全く、煽るだけ煽って…)

まあいいか。
今日の夜はいつも以上に激しく愛を伝えてあげようじゃないか。

それに、


「嫉妬はお互いサマですヨ。ギルバート」


隣にギルバートの心地良い体温を感じながら、ブレイクもゆっくり瞳を閉じた。








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