smbr男主長編
□いくつ?
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─暗い部屋の中で、嗚咽混じりの酷く掠れた、自分の呼吸音だけが、確かないのちの音だった。
「……っ、ぅ…」
毛布に頭から爪先まですっぽりと収めたはずの手足は、温度をどこか遠くへ置き忘れたみたいで、氷のように冷え切っていた。視界は、意識は。暗がりの中でもハッキリとわかる程に、ぐわぐわ、ぐにゃぐにゃと揺れていて。……きもちが、わるい。
音もどこか遠く──不規則な呼吸音の中、時折思い出したように、窓を激しく叩く雨粒の音が入り込んでくる。
「……なんで…」
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
信じられない、信じたくない。そんなはずが、無い。
─でも。それが真実であることなんて、自分が何よりよく分かっていた。だって僕は、同じ力を、自分の身に宿しているのだから。
「……あたま、いたい。」
ぐわぐわ、ぐるぐる。揺れる視界が気持ち悪くて。何もかもから逃げるようにぎゅっと固く瞑った瞼の裏に、忘れられるはずもない、おぞましい終末の光景が焼き付いている。
「あんなの、」
…どうすればいいのだろう。
僕は、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。もうどうしようも無い運命に、巻き込まれてしまったんじゃ。
─いやだ。怖いよ、
「…とう、さん」
…たすけて。
無意識のうちに、助けを求めるようにそう考えて、また一つ涙を零す。
その父さんは、あんな風になってしまって─もう、あれじゃあ僕の事なんて覚えていないのだろう、多分。狂ったように咆哮する化け物は、目を覚ました記憶の中の優しい笑みや温かな腕とは程遠いものだった。
「とう、さん……おとうさん…」
……その父さんが、大切な皆を、漸く好きになれたこの世界を、壊してしまう。そんなのは、嫌だ。嫌だ、けど。
そう理解しても、僕が本当の最後に縋ろうとするものは──元凶である筈の、父さんでしかなかったのだ。どれだけ変わり果てようと、僕は父さんが、この世の何よりも大好きだったのだから。
「……?」
トントン、と扉が鳴いた。軽くて、僕の腰くらいの、低い位置からの音─これは、彼だ。
「キリィ……いる?もう夜ご飯だよ。」
早くおいでよ。じゃなきゃ、みんなに全部食べられちゃう。ただでさえ、キミはあんまり食べないのに。これ以上細くなってどうするのさ。またマルスに怒られちゃうよ。
少し怒ったように、僕を心配する優しい声が、扉越しに耳を打つ。それをぼんやりと聞きながら、ふと、初めて出会った頃のことを思い出す。
─初めの頃は、その全部食べちゃう筆頭だったじゃないか、キミは。
そう、いつもみたいに軽口を返したい。……返したい、のに。
─どうしよう。口が、動かない。頭が真っ白で、何も、考えられない。
「……キリィ?どうしたの?」
ああ、はやく、早く言わなきゃ。大丈夫って。今行くからって。言わな─
「……やめてよ…僕に、話しかけないで…」
「え? キリィ、どうし─」
「ッ、いいから……一人にして!」
しん、と空気が張りつめる感覚。言い切って、そうしてしまったと思った時にはもう、何もかもが遅かった。ああ、違う、違うのに。そんな事を言いたいんじゃない。
「ぅ、あ、ぁ…っ!」
なんで、どうして。彼を、みんなを、父さんが、なんで、僕は──何もかもを滅茶苦茶に混ぜ合わせたような感情が、どろどろ膨れ上がって、嗚咽になって溢れていく。
「……そっか。ごめんね、キリィ。」
じゃあボク、行くから。ちゃんとご飯は食べるんだよ、キリィ。
─それは、普段の彼からは考えられないくらいの、弱りきった声だった。だから、今の彼がどんな顔をしているかなんて、簡単に想像ができて。
「ぁ、ちが、ちがう、違う…!」
離れていく、彼の足音。彼との心の距離までもが、遠ざかっていく。
「ちがうんだ、ねえ、カービィ、ぼく、は……」
時間は戻らない。吐いた言葉は、戻らない。もう受け取る相手のいなくなった空っぽの言い訳が、空虚に部屋の中で霧散する。
嗚呼、僕は最低なことをした。たった1人の、かけがえのない親友に、酷いことをしてしまった。
「ごめん……ごめん、カービィ…ごめん……」
─もう僕は、どうしたらいいのか、何がしたいのか、分からない。
吐きたいのに、吐くものがない。叫びたいのに、声が出ない。目的も相手も見失った中身の無い謝罪だけを、呪いのように零し続けて。
全てを思い出したその夜。雨の音と暗闇に包まれて、僕はずっと泣いていた。
*
ばらばら、雨。ばらばら、心。