smbr男主長編
□だれかのおわり。
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ああ、嘘、うそ。
こんなの、嘘だ。
「キリィ!」
擦り傷だらけの痛む身体を無視して、声を張り上げる。でも彼を呼んだ筈のその声は、轟々と狂ったように吹き荒ぶ風に掻き消されてしまった。
「……キリィ、なんで…」
眩しいばかりの光も、暗鬱とした闇も掻き消えた空。瓦礫と砂の舞う、ボクの視界の先。
つい先程まで、キーラとダーズが最後の抵抗をしていた、大海原の上空。そこに、一人佇む彼の姿があった。
強風に巻き上げられる砂みたいに、少しずつ、足先から崩れていく、彼の姿が。
──ああもう、ぼろぼろじゃないか。今回の事が起きるまで、碌に戦ったこともなかったのに、無茶してくれちゃって。
どうして、最期にキミは飛び出したの。
……ねえ、どうして。
どうして最後に、キミはボクを見て、笑って、「大丈夫」だなんて言ったの。
「なんで、よ……」
……聞こえない。叩きつけるような強風が、じわりと涙の滲むボクを嘲るように、全ての音を攫っていく。
彼が、彼の身体が、世界のどこかへと螺旋を描きながら還っていく膨大な数のスピリット達の起こすエネルギーに充てられて、晒されて。ボロボロと、いとも簡単に崩れていく。
ボクの、大切な友達が。まるでゴミみたいに、ばらばらになって、空に解けていく。
待って。
「ね、え」
お願いだから。
「待ってよ、キリィ…!」
彼の姿が、瓶の底を通したみたいに、どうしてかぐにゃぐにゃに歪んでいる。そこで漸く、ボクは自分が泣いていることに気づいた。
もう、無理だ。誰が見ても手遅れだと、手の出しようがないとわかる程に、彼はその存在の根幹から崩れていた。
──きっとあれじゃあ、スピリットにすらなれない。そう、考えた時。ボクの足は自分がそうしようと思う前に、動いた。
「っ…離して…」
「駄目だ」
「離してよ!」
「出来ない!」
がくんと、身体が引き留められる。焦燥に駆られながら振り向くと、駆け出そうとした僕の腕を掴んでいたのは、マルスだった。
どうして。キミだって辛いんでしょ? 彼に、このまま消えて欲しくないでしょ?
その証拠に、ほら。今にも泣きそうな顔をしてるじゃないか。
「……もう、無理だよ。あれは、僕らに手出しが出来るものじゃない。…行けば、キミが無事では済まないんだ、カービィ君。」
「ッ…!」
震え混じりの声。そんなこと、わかってる。知ってる。でも、それでも──ボクは、消えようとしている親友に、最後の最後にありがとうも、ぎゅって抱きしめることも、出来ないなんて、そんなの。
かくんと、足から力が抜けた。隣でしゃがみ込んだマルスと一緒に、虹の螺旋を見上げる。彼はやっぱり、その中にいた。ぼろぼろと、膝上が崩れ落ちていく。
「……何で、」
「……」
「どうして…なんで、なの…? 何でキリィは、いっつも奪われるの? いっつも、1人で泣いて、苦しんで、何もかも無くさないといけないの?」
「…」
「ねえ、どうして…どうしてよ…」
どうして、キリィは幸せになっちゃいけないんだろう。ただの、少し事情もあって訳ありだけど、でもそれ以外は、本当にただの、どこにでもいるような男の子なのに。ただ人並みに幸せにしてあげるくらい、許してあげてよ。そう思ってしまうほど、ボクらのそばにいた彼の人生は、いつもどこかに影を帯びていた。
どんなに楽しくても、まるで「忘れるな」とでも言うように彼の後にぴったりとつく、真っ黒な影。
ずっとずっと、あの子は何かに苦しんでいたのに。
こんなに長く苦しめて、それで、最後はこうしてあの子を殺すの? それが、あの子の運命だとでも、言うのだろうか。
「そんなの、酷いよ…! あの子が、何をしたって言うの…!」
「……」
あまりにも、世界は、運命は。彼に対して、過ぎるくらいに残酷だった。
彼に初めて会った時から今この時まで。彼の運命は、誰かにそう作られたみたいに、苦しいことばかりだ。彼の心を、中からも外からも、潰そうとするものばかりだった。
だから、ボクはせめて、キミに普通の男の子みたいに、友達と遊ぶ事の楽しさを知って欲しくて。一緒にご飯を食べて、色々な場所へお出かけもした。そうして君が笑ってくれるのが、何より嬉しかったんだ。
なのに。それなのに。
「っ、ぅ─!」
……風が、強くなる。
視界の先で、もう上半身より上しか残っていない彼が、どんどん崩れていく。
「やだよ、キリィ、キリィ……!」
だめ、だめだ、いかないで。
まだボクは、キミと話してないことも、やってないことも沢山あるんだよ。キミに食べて欲しいものだってあるし、キミと一緒に行きたい所だって、まだ山ほどあるんだ。
ねえ、だから──
「……─、」
「──え?」
──ふと、もう殆ど残っていない彼が振り向いて、何かを呟く。
相変わらず悪い視界で、加えてこんな遠い距離で。それを読み取ることなんて、出来ないはずなのに。
「カービィ。……有難う。」
柔らかく緩んだ黄昏の色をしたその瞳が、彼の何もかもが、消える直前。ボクは、確かにキミの唇が、そう紡ぐのを見た。
「……ぁ、」
──そうして、跡形もなくキミは消えた。
まるで、最初から居なかったみたいに。 ボクの世界に、存在しなかったみたいに、跡形もなく。
(やがて、空から何かが真っ直ぐに、海面へと落ちていった。)
(風を切りながら、真っ直ぐに。それは誰にも気づかれることなく、海の中へ飛び込んで。)
(ボロボロにひび割れた剣は、波にもまれて、たくさんの破片になって。そうして、波間に溶けていった。)
(──彼の、何もかもと共に。)