smbr男主長編

□わんもあ。
1ページ/1ページ




「……これで、おわり…」

 ぱらぱらと、もうあと何頁も残っていない日記を捲る。そこにはもう、塗り潰したような跡も、滲んだ跡も何も無い、ただ真っ白なページしか無くて。白紙のページが続いて、硬い裏表紙を迎えてようやく、ボクはもう一度、このW彼Wが書いていたらしい最後のページを開いた。

「『永遠に続く平和への祈りを込めて、これを僕の幕引きと致します。 』…」

 必死に、恐怖を押し殺して綴られたんだろう震えた細い字は、それとは裏腹にあまりにも綺麗に、その最後の文を締め括っていた。

 W彼Wが、堪えきれなくなった恐怖と一緒に綴った、その文。でも、これは最後じゃない。そう思えて仕方がなかったボクは、そこからさらに数ページ後……沢山の迷いを挟んだそこに、彼の『最後の言葉』を見つけたのだ。

「……『僕の、最初で最期の親友へ。』…」

 所々、小さく丸い染みが幾つも落とされたそのページは。遺された掠れてほとんど見えない文字は、W彼Wというヒトの、最後の叫びだった。

 ……どうして、なのかな。

「ねえ……キミは、誰…?」

 涙が、止まらないんだ。おかしくなっちゃったみたいに。

 日記の中で、親しげにボクの名前と、その日何をしたか、どこへ行ったかを沢山沢山綴るキミ。キリア。

 ──ボクが、キリィと呼んでいたらしい、キミ。

「……わかんない。わかんないよ…」

 何も、何も思い出せないんだ。ここに確かにこの日記がある以上、何もかもがなかったなんて、そんなはずは無いのに。

 確かに、あのお店のパフェを食べた記憶がある。マルスと、この日記にあるような話をしたことも覚えてる。決戦前夜に少し遅くまで起きていたことも、何人かのファイターを助けるために街で奮闘したことも、ぜんぶ。

 でも、キミの事だけが──長く一緒に過ごしていたんだろうキミの顔も、声も。それが、不自然なくらいに分からない。

「……でも、そっか。そう、なんだ。」

 思い出そうとすると、靄がかかったように霞んで、消えてしまうこれは。きっとキミが言っている「ある術式」っていうのが、この正体なんだ。

 ルフレやゼルダに聞いたことがあるよ。「人の記憶を奪ってしまう魔法」があるんだって。
 奪われて、忘れて、忘れちゃったことすら忘れて──そうして、何も無かったことになる。そんな、酷く勝手で、悲しい魔法のこと。

 ……キミは、僕の為も思ってこうしたと、そう言っているけれど。

「……これじゃあ、ずっと悲しいだけだよ。」

 確かに、ぜんぶが終わったあと。キーラとダーズに最後の決定的な一撃を与えたのは誰かという話題が出た時、自分だと声を上げる人は、誰も居なかった。
 だからきっと混戦の中で、誰かの一撃があの核を貫いたのだろうと。ボクらはそんな風に解釈して、そのモヤモヤから目を逸らしたのだ。

 ──だから。きっとそれも、キミがやった事だったんだね。

「誰にも知られないまま、忘れられちゃうなんてさ。キミは、本当にそれでよかったの。」

 日記の中。日々を過ごしたボクや皆の事を詳細に書いているキミ。そんなキミが、その人達から忘れられるのを、怖いと思わなかった訳がないのに。

 ボクとキミは、親友だったんだよね。……じゃあ、どうして。

「……ボクがキミのことを忘れる方が、幸せになれると思ったの。」

 もし、ボクがキミを忘れていなかったとして。それでもボクは、キミが居なくなったことで、やっぱり悲しくなったんだろうけど。

 でも、もうキミを覚えていないボクはこれから先、二度とキミのことを思い出すことも出来ないんだ。楽しかった日の事も、何もかも。

「そんなの……ボクも、キミも…誰も、幸せになんか……」

 行き場のない悲しさだけが、涙になって次々と零れていく。
 どうやっても、ボクの記憶の中、一人分の空白が埋まる事はもうない。ボクはこの空白を抱えたままこれからを生きて、そうしてそのうち、空白があったことすら忘れてしまうんだ。

 ──心のどこかにポッカリと穴が空いたような、そんな、酷く寂しい感覚。これが感じられるのも、あとどれくらいなんだろうか。

 きっと沢山の不安と期待を持って書き出した、最初の、ひらがなだらけの頁。
 そして、酷くか細い震える字で綴られた、感情をそのまま叩きつけたような最後の頁。

 キミは、どんな思いで、この何も喋らない紙の中に全部を吐き出していたの?

 ただ穏やかに暮らしてきたはずなのに、どんな気持ちで全部を隠す覚悟を決めて、自分の命を投げ出すことを決めたの?

 ……顔も、声も、もう何もかもを思い出せないキミだけど。

「……キミの抱えているものぜんぶ、ボクが聞いてあげたかったな。」

 キリィ、と小さく声に出してみる。やけにしっくりと馴染むものだから、余計に涙が溢れてしまう。

「キリィ、キリィ──ボク、またキミに逢いたいよ。」


 姿も、声も、いつか繋いだはずの手の温度も思い出せない。そんな、近いようで酷く遠い誰かを想って。

 ボクは、ただずっと泣き続けていた。


(──それは、ただ1人救われない戦士の話。)

(すべてを忘れた、世界の話。)






END?

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ