smbr男主長編
□わんもあ。
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「……これで、おわり…」
ぱらぱらと、もうあと何頁も残っていない日記を捲る。そこにはもう、塗り潰したような跡も、滲んだ跡も何も無い、ただ真っ白なページしか無くて。白紙のページが続いて、硬い裏表紙を迎えてようやく、ボクはもう一度、このW彼Wが書いていたらしい最後のページを開いた。
「『永遠に続く平和への祈りを込めて、これを僕の幕引きと致します。 』…」
必死に、恐怖を押し殺して綴られたんだろう震えた細い字は、それとは裏腹にあまりにも綺麗に、その最後の文を締め括っていた。
W彼Wが、堪えきれなくなった恐怖と一緒に綴った、その文。でも、これは最後じゃない。そう思えて仕方がなかったボクは、そこからさらに数ページ後……沢山の迷いを挟んだそこに、彼の『最後の言葉』を見つけたのだ。
「……『僕の、最初で最期の親友へ。』…」
所々、小さく丸い染みが幾つも落とされたそのページは。遺された掠れてほとんど見えない文字は、W彼Wというヒトの、最後の叫びだった。
……どうして、なのかな。
「ねえ……キミは、誰…?」
涙が、止まらないんだ。おかしくなっちゃったみたいに。
日記の中で、親しげにボクの名前と、その日何をしたか、どこへ行ったかを沢山沢山綴るキミ。キリア。
──ボクが、キリィと呼んでいたらしい、キミ。
「……わかんない。わかんないよ…」
何も、何も思い出せないんだ。ここに確かにこの日記がある以上、何もかもがなかったなんて、そんなはずは無いのに。
確かに、あのお店のパフェを食べた記憶がある。マルスと、この日記にあるような話をしたことも覚えてる。決戦前夜に少し遅くまで起きていたことも、何人かのファイターを助けるために街で奮闘したことも、ぜんぶ。
でも、キミの事だけが──長く一緒に過ごしていたんだろうキミの顔も、声も。それが、不自然なくらいに分からない。
「……でも、そっか。そう、なんだ。」
思い出そうとすると、靄がかかったように霞んで、消えてしまうこれは。きっとキミが言っている「ある術式」っていうのが、この正体なんだ。
ルフレやゼルダに聞いたことがあるよ。「人の記憶を奪ってしまう魔法」があるんだって。
奪われて、忘れて、忘れちゃったことすら忘れて──そうして、何も無かったことになる。そんな、酷く勝手で、悲しい魔法のこと。
……キミは、僕の為も思ってこうしたと、そう言っているけれど。
「……これじゃあ、ずっと悲しいだけだよ。」
確かに、ぜんぶが終わったあと。キーラとダーズに最後の決定的な一撃を与えたのは誰かという話題が出た時、自分だと声を上げる人は、誰も居なかった。
だからきっと混戦の中で、誰かの一撃があの核を貫いたのだろうと。ボクらはそんな風に解釈して、そのモヤモヤから目を逸らしたのだ。
──だから。きっとそれも、キミがやった事だったんだね。
「誰にも知られないまま、忘れられちゃうなんてさ。キミは、本当にそれでよかったの。」
日記の中。日々を過ごしたボクや皆の事を詳細に書いているキミ。そんなキミが、その人達から忘れられるのを、怖いと思わなかった訳がないのに。
ボクとキミは、親友だったんだよね。……じゃあ、どうして。
「……ボクがキミのことを忘れる方が、幸せになれると思ったの。」
もし、ボクがキミを忘れていなかったとして。それでもボクは、キミが居なくなったことで、やっぱり悲しくなったんだろうけど。
でも、もうキミを覚えていないボクはこれから先、二度とキミのことを思い出すことも出来ないんだ。楽しかった日の事も、何もかも。
「そんなの……ボクも、キミも…誰も、幸せになんか……」
行き場のない悲しさだけが、涙になって次々と零れていく。
どうやっても、ボクの記憶の中、一人分の空白が埋まる事はもうない。ボクはこの空白を抱えたままこれからを生きて、そうしてそのうち、空白があったことすら忘れてしまうんだ。
──心のどこかにポッカリと穴が空いたような、そんな、酷く寂しい感覚。これが感じられるのも、あとどれくらいなんだろうか。
きっと沢山の不安と期待を持って書き出した、最初の、ひらがなだらけの頁。
そして、酷くか細い震える字で綴られた、感情をそのまま叩きつけたような最後の頁。
キミは、どんな思いで、この何も喋らない紙の中に全部を吐き出していたの?
ただ穏やかに暮らしてきたはずなのに、どんな気持ちで全部を隠す覚悟を決めて、自分の命を投げ出すことを決めたの?
……顔も、声も、もう何もかもを思い出せないキミだけど。
「……キミの抱えているものぜんぶ、ボクが聞いてあげたかったな。」
キリィ、と小さく声に出してみる。やけにしっくりと馴染むものだから、余計に涙が溢れてしまう。
「キリィ、キリィ──ボク、またキミに逢いたいよ。」
姿も、声も、いつか繋いだはずの手の温度も思い出せない。そんな、近いようで酷く遠い誰かを想って。
ボクは、ただずっと泣き続けていた。
(──それは、ただ1人救われない戦士の話。)
(すべてを忘れた、世界の話。)
*
END?