ぐっどらっく!

□息を潜めて。
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 ひゅぅっ、と。木々の間をすり抜けて、鋭く空気を切り裂きながら、一本の矢が森を駆けていく。

 やがて並び立つ木々の中に矢が吸い込まれ、隣で息をのむ彼女の視界では、その軌跡が捉えきれなくなった頃。少し遠く、どさっと重いものが倒れたような音が、昼の森に響いた。驚いたのか、小鳥の群れがばさばさと忙しなく翼をはためかせて飛び去っていく。

「──や、やった?」
「うん、やった。イノシシだ。それも、でかい。」
「でかい」
「うん、かなり」
「かなり!」

 きらきらと、子供のように目を丸くして、輝かせて。彼女にはどう頑張っても緑の草木だけしか見えないだろうに、森の奥を茂みの陰から首を伸ばして、一心に見つめていた。

「今日の夜ご飯は、イノシシ鍋かなあ。」
「いいな、それ。さっき見つけた野草も入れようか。岩塩とかで味付けして、〆は米を入れよう。」
「わ、やった!豪華!……でも、ここに居ない他の皆に、ちょっと申し訳ないな。」
「黙ってれば、バレないバレない。」

 そうかなあ。そうだといいな。

 夕飯に思いを馳せながら、どこか幸せそうに頬を緩ませてそう呟く彼女に、自分の口角も僅かに上がる。素直な彼女はいつだって、思っていることが顔にすぐ出る。嬉しいことも、悲しいことも全部。そんな彼女のことは、たとえ日がな一日眺めていたとて飽きないだろうという、謎の確信があった。

「─?」

 ──と、ぴりりと肌が粟立つ感覚。思わず奥へ向かう足を止めれば、隣の彼女が訝しむように自分の名を呼んだ。
 神経を張り巡らせる。彼女は、まだ気づいていない。
 僅かな殺気。でも、これは人じゃない。きっとそう、これは──

「蒼。こっちに、」
「え、へ、わあ、っ…!?」

 早くイノシシの所に行こうよと、のほほんとしていた彼女の腕を少し強めに掴んで、木陰に引き込む。多少強引だけれど、仕方ない。自分の命が脅かされることは恐らくないけれど、彼女にとってはそうじゃない。

 今、彼女を守れるのは自分だけ。ぎゅ、と弓を握る手に力が籠る。

「り、リンクどうしたの。何かあった──」
「だめだ、蒼。しぃっ」

 と言いつつ、実際には彼女の口元を手のひらで覆って声を殺す。
仕方ない。ここで唇に人差し指を添えるだけで黙らせるなんてそんな御伽噺のような芸当は、自分にはできない。そもそも似合わないし、マルスやルフレなんかの方が余程お似合いだろう。

 彼女の瞳が不安げに揺れているのを認め、手をそっと頭の上に乗せ、二回ポンポンと撫でる。

 ──がさり。それ(・・)が動いたのか、葉の擦れる音。ようやく自分達以外の「何か」の存在に気づいた彼女の顔がぴしりと固まり、瞳がよりいっそう怯えの色に染まっていく。

「─いいか、蒼。」

 まだここは安全圏なものの、いつ気づくかはわからない。危険性を考慮して、声を出さずに口の動きだけで、手短に彼女へ危険の接近を伝える。それで少しは落ち着いたのか、彼女は理解を示し、小さく頷いた。自分を真剣に見上げるその目は、もう揺らいでいなかった。
 見た目よりも、ずっと強い心を持った彼女。彼女ならたとえ何が起きようとも、自分を信じてくれる。自分を頼りにしてくれる。だからこそ、彼女をこの狩りに誘ったのだ。元王家に仕えていた者として、全幅の信頼は何ものにも代え難いものだったから。

「……じゃあ、行ってくる。」
「うん。…気をつけて、リンク。」
「ああ。」

 木の根元に彼女を待機させ、息と音を殺しながら、ゆっくりと獲物に近づく。背後に、柔らかい彼女の視線を感じる。

 ──大丈夫。彼女が見ていてくれるなら、信じてくれているなら、きっと。

 背に掛けた矢筒から矢を一本、慎重に構えた弓に番え、ぎりりと弦を引き絞る。──目線は真っ直ぐ、狙うは一点。

「─ッ!」

 小気味よい音を立てて、限界まで引き絞られた矢が放たれる。
 風を切る異音に、獲物が首をのそりと動かした、その瞬間。脳天を、矢が正確に貫いた。間を置かずに、巨体がぐらりと傾き─草地に倒れ、動かなくなる。

「─わ、やったねリンク! クマまで一発なんて、ほんとすごい!」
「まあ、これぐらいは慣れてるから。…晩ご飯、追加だな。」
「クマなんて食べたことない!…あれ、でも前にルフレとルキナが変な顔をしてたような…?」

 うんうんと首を捻る彼女に、まあいいだろと声をかけることでその思考を中断させた。確か一緒に行軍していた奴の出す熊肉が臭くて硬かったとか、そんな話だったと思う。けど、彼女にそんなものを食べさせるつもりは毛頭ない。やるからには、そりゃもう売れるくらいに美味いものを作るつもりだ。

 片手を上げて、彼女に示す。それだけで意図を汲み取ったのか、彼女の上げた片手が、笑みとともに合わされる。静けさが満たす昼の森に、ハイタッチの音が小さく響いた。



息を潜めて。



(イノシシもクマもその後2人で美味しくいただきました。ブレワイ続編で料理のレパートリーも増えたらいいな…)

▽ 夢主はnotファイター。皆のいる屋敷のお掃除したりご飯作ったりとお手伝いさんポジション。ゆるふわ系。得意料理はハンバーグ。お菓子ならクッキー。カービィリンクその他健啖家な人達と仲良しだと嬉しい。


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