ぐっどらっく!

□シークレット・ステージ
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「ねえ、蒼。起きてる?」
「ぅーん…」
「あれ、ダメかなこれ。完全に目が据わってない?」
「だ、だからやめとこうって言ったのに…!」

 それは、まだ日が昇りきらない早朝。湖畔に張られたテントの中で、二人の子供が、彼等より歳が上であろう女性を揺さぶりながら、ひそひそと小声で何やら言い合っていた。
 初冬の湖畔、早朝である。テント内外にも防寒対策をしてあるとはいえ、そもそも冬にテントはあまり向かない。少年二人の身につけた防寒着の隙間から覗く鼻や頬はじんわりと赤く色づき、吐く息もまた、白くほわりとしていた。

 ──と、声にならない声を漏らすばかりだった女性の瞼が僅かに震え、次いでゆるりと持ち上がる。その目は暫く夢の中を彷徨うように視線を明後日の方へ遣っていたが、次第に瞳に生気が戻り、やがて頭の左右に陣取る2人の子どもの姿を捉えた。

「……あれ、ネス…リュカ?」
「あ、起きた。おはよう、蒼。」
「ぁ、えっと…おはよう、蒼さん。こんな朝早くに、その…ごめん……」

 申し訳なさそうに肩を竦めた金髪の少年─リュカとは正反対に、赤と青のキャップの少年─ネスは、にかっと笑うと…未だ眠気の飛びきっていない女性─蒼の被っている布団を思い切り剥いだ。

「ち、ちょっとネス!?」
「ひぎゃっ─寒い寒い死ぬ!何するのネス!」
「おーげさ。死なないってば! ね、それよりも早く外来て! 湖が凄いんだ!」

 ─リュカと先に行ってるから、早くね!

 そう言い残すと、もこもこの防寒着に身を包んだネスはテントをするりと抜け出てしまう。リュカはそんな彼の後ろ姿を暫くそわそわと見守るばかりだったものの、外からの催促の声に、彼のあとを僅かに申し訳なさそうに、けれどやはりワクワクを隠しきれていない様子で追っていった。

 二人のそのあまりの素早さに、一人取り残された蒼は暫し固まっていたが──やがて片隅に丸まっていたダウンと手袋、マフラーを引っ掴み、意を決して暖かな寝具を抜け出すと、冷えた空気に一度身をぶるりと震わせてから二人の後を追った。

 ──余談だが、二人の防寒着であるもこもこのフード付きダウンは、アイスクライマーの二人からスペアを借りてきたものである。





「遅いよ蒼。僕ら凍っちゃう。」
「普段から試合で散々アイスクライマーとかフリーザーに凍らされといて今更それは通じないぞ、ネス…」
「ちぇっ。あ、そんな事より……ほら見てよ!」

 一言二言軽口を交した後、ネスの指差す先には、豊かに水をたたえた広い湖──その湖面に、白く濃い霧が厚く立ち上る光景が広がっていた。

「うお、こりゃ凄い。久々に見たなぁ…」
「えっ…蒼さん、これが何だか知ってるの?」
「勿論。私実は、こういう自然現象大好きだからね。初めて見た時に気になっちゃって、その後すぐに調べたんだ。だから知ってるよ。」

 これは、蒸気霧って言ってね。今くらいの時期になると、早朝に川とか湖とか……後は、沼なんかでも見られるんだよ。

 蒼の説明に、へえ、と声を漏らし、きらきらと目を輝かせて霧を見つめるネスとリュカ。いつも試合で見せる真剣な表情や、誰かにイタズラを仕掛ける際の悪どい表情ではなく、年相応の子どもでしかないその顔に、二人の間に挟まれた蒼の顔も綻んだ。役得だと言っているようにも見える。

「はあぁ……でも、ほんとに凄いなあ……あっ、ねえ蒼さん。これ、写真か動画に撮って欲しいんだけど…いい?」
「勿論いいよー。消えちゃう前に撮ろうか。」
「うん…!」

 今屋敷で眠っているだろう友達にも見せたいというリュカの要望に応え、蒼の手に携帯端末が構えられる。タッチパネル式の画面に指を滑らせれば、軽い音と共に写真が一枚保存された。

「綺麗だね…」
「ね。寒いけど来て良かったなぁ。」
「じゃあ、これ見終わったら朝ご飯にしようか。温かいスープ作るよ。」
「え、ほんと!? やった!」

 冷えた身体を存分に温めるであろう朝食の予定に顔を明るくする三人はしかし、今はまだ、その幻想的な風景に目も心も奪われていた。ゆらゆらと形を変えながら湖面を滑る霧は、軽やかに踊っているようだった。

 ──早朝。観客三人、湖面のステージ。演技時間は、朝日に溶けるその時まで。



シークレット・ステージ



(スープはミネストローネみたいなトマト系かクリーム系だといいなーと思ってみたり。初冬の早朝から出かける予定があった時にふと車窓から見た川の水面に立ち上る霧がとても綺麗だったのが、すごい記憶に残ってます。いい思い出です。)

▽ 夢主はnotファイター。成人済みで割と一般人。街で誰かと仲良くなったのをきっかけにしてメンバー(主に子供組)と関わるようになってると嬉しい。免許&車(キャンピングカー)持ちなので子供組に大ウケ。


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