ぐっどらっく!

□蒼穹を想う
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「空を飛ぶって、どんな気分なんだろう。」

 落下防止の為の柵に手をかければ、潮風に晒されて中が錆びてきているのか、ぎしりと軋むような音を立てる。
 遠く水平線の向こうに揺蕩う夕日を眺めながら、ふと口から漏れたその言葉に、少し後ろで帰還のために機体整備をしていた二人が、同時に振り向いた。

「…はぁ?」

 大きく見開かれ、驚いたようなその目に段々と呆れの色を滲ませ、とうとう青い翼の彼──ファルコさんの口からは「馬鹿か」なんて言葉が零れた。馬鹿は酷いと思う。

「いや、あのなぁ……よりによってオレ達の前でそういうこと言うか、普通。この頭は今日ここまで何に乗って来たのか忘れたのか、オイ?」
「わ、ちょっと……馬鹿にしたわけじゃない、って…頭ぐちゃぐちゃにしないでよ…」

 ずかずかと僕の方へ歩み寄ってきたファルコさんが、僕の髪を乱暴に掻き乱す。あちこち跳ねてしまった髪に抗議の声を上げれば、彼に「悪い悪い」だなんておどけられた。それでもまだ、頭から彼の手は離されない。

「まあ、ファルコの言い方にも問題はあるけどな。ほら、そろそろ離してやれよ。交代だ。」

 次いで同じように僕の傍へきたフォックスさんに片手でばしりと叩かれたファルコさんは少し不満げだったけど、フォックスさんからスパナを投げ渡されたことで、アーウィンの方へ戻って行った。

「……でも、碧。急にどうしたんだ?」

 隣にどっかりと腰を下ろしたフォックスさんが問う。

 その疑問も最もだ。自分は本当に、なんの脈絡もなく、この話を切り出したのだ。
 その理由を探そうとして──直ぐに諦める。思わずといったように零れた言葉の理由を探すなんて、砂漠で砂のひとつぶを探し当てるようなものだ。

「……分からない。けど純粋に、どんな感じかなって。本当にそれだけ。」
「ふうん…?」

 翼を持たない自分にとって、空を飛ぶ感覚なんてものは、人生の最後に待つという死と同じくらい、実感の沸かないことだ。だからこそ気になるし、憧れるし、夢に見るのかもしれない。

 けれどこの人間でない二人も、自身の力で空を飛ぶことは出来ない。つまりは、僕と同じ気持ちを抱いた事もあったかもしれないのだ。……片方は鳥族だけど。
 ──でも。この人たちはその未知の世界に憧れを抱き、そして、遂に辿り着く手段を手に入れた。
 日々彼らの手で丁寧に、繊細に最高の状態(ベストスペック)に仕上げられるその機体こそが、彼らをWスターフォックスWたらしめている。

 ……今の僕には、この人達のような、空に賭ける熱意のようなものは、まだ無いんだろう。ただ漠然と、その未知の世界への憧れがあるだけ。まだ自分の世界すら自分で固めきれていない子どもなんだから、当たり前なのかもしれないけど。
 思ったままを言えば、フォックスさんは苦笑した。

「碧は真面目だな。でも、初めの切っ掛けなんてそんなものじゃないか? 少なくとも、空を飛ぶ気分っていうのに興味はあるんだろ?」
「……まあ、そうだけど…」
「良ければまた今度、次は足としてじゃなく、本格的に飛ぶ感覚を味わう為に乗ってみるか? オレは問題ないけど…」

 足としてじゃない、本格的な感覚。今日、ここに出かける為に乗った際の、あのGがぐわんとかかる感覚で軽く酔ってしまった自分に、果たしてそれが耐えられるのか。憧れとは裏腹に果てしない夢への道のりに、早くも諦めが顔を覗かせる。

「オレのでも…と言いたいところだがな。初心者のお前には、ちとあれはキツイだろ。」
「ファルコ、もう終わったのか。」
「あれぐらいの修理なんざどんだけやってきたと思ってんだ。…あー、なんだ。だからまあ、乗せてもらうならフォックスのに──」

 手元で工具を回しながら、いつの間にか作業を終えて帰って来ていたファルコさんが、フォックスさんと反対側の隣に座り込んだ。左右に視線をそっと送る。身につけたジャケットに刻まれている、赤い印。彼らが『スターフォックス』であるという印であり、同時に、あの広大な空やその先に広がる宇宙の世界に生きると決めた、決意の証。

 ──それが、僕にはとても、酷く眩しいものに思えたのだ。

「……いや、大丈夫。僕はまだ、空へは行かない。」

 そうして僕はきっぱりと、拒絶の言葉を口にした、普段はここまでハッキリものを言う人物ではないと認識されているのか、目を丸くして驚き固まった二人に、自分自身にも言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を続けていく。

「……僕にはやっぱり、まだ空は広すぎる。憧れもあるし、いつか、2人やウルフさんのようになれたらって気持ちも、もちろんあるけど。」
「でも、僕は自分の今見られる世界のことすら、きっと殆ど知らないんだ。僕はまだ、自分が今足をつけてる世界のことをもっと知りたい。それでも満足できなくなってから、貴方たちと同じ世界を見たいんだ。」
 ──だから。今はまだ、空には行かない。

 そう言えば、またわしゃわしゃと強めに髪をかき混ぜられた。犯人はやっぱりファルコさんで、一丁前にガキがカッコつけやがってと揶揄うように言われる。口はやっぱり悪いし、撫でる手も乱暴だけど、笑顔だった。

「それが、碧の覚悟─決意なんだな。…うん、良いじゃないか。真面目過ぎる所も、お前の長所だよ。」
「ま、お前の言うWその時Wが来たら、たとえビビりまくってようと、泣いても首根っこ掴んで乗せてやる。だから、」

 ──さっさと、此処まで来い。

 空を駆る憧れの人達が挑戦的に笑むのを見て、僕は大きく頷いた。



蒼穹を想う



(スタフォ組の信頼に満ちた距離感が好き。余談ですが飛行機の機内サービスってわくわくしますね。コンソメスープがとても美味しい。)

▽ 夢主はnotファイター。パイロット志望で真面目すぎる所が玉に瑕な男の子。スタフォ組の事を知って、近くで学ぶ為に自分からマスターハンドに住み込むことを直談判するなど結構行動力はある。ウルフさんからはあしらわれつつ適度に構われてると嬉しい。


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