断固拒否!

□世界一ありえない
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朝、意識が浮上する。カーテンの隙間から差し込む陽の光が目にまぶしい。昨日泣いたからだろうか、瞼が重くて開くのが億劫で、目を開けないままに二度寝しようと布団にもぐった。

そこでふと気が付く。なんだかいつもと違う香りがする。ついでに布団の感触が違わないだろうか。さらに言えば自分の部屋は陽の光が入ってくる位置にはないはずだ。
そこまで考えて目が覚めた。重かったはずの瞼は存外簡単にぱっちりと開き、寝起きとは思えない速度で体を起こす。


「…(ここ、どこ)」


呼吸が浅くなるのを感じた。ここは、どこ。喉が一気に渇き、だというのに嫌な汗が額にじわりとにじむ。
まさに眠るだけのための部屋と言わんばかりに最低限のものしかないこの部屋は、いったい誰の部屋だ?乱雑に物が置かれた自分の部屋でも、他の兄弟や両親の部屋でも、ましてや母の実家の家でもない。
恐る恐る、カーテンの隙間からちらりと外を見た。


「え、どこ……」


今度こそ声に出してしまった。外の景色は全く知らないどこか。見覚えのあるような気がするのは、この町がどこぞのアニメやらなんやらに似ているからだろうか。いや、もしくは世界の車●とか、そんな感じの番組で見たのかもしれないが。
でもとにかく、この景色は自分の身近にはなかったものだ。だって実家は山の中のぽつぽつ家があるという、なんていうか集落みたいなところなのに、ここは住宅地…っぽい。


まさか誘拐…なんて疑ってみたがあのクソ田舎に家へ侵入してくる輩なんていないだろうし、何せそろそろ22になって大学を卒業する女だ。いくらチビで高校生に見えようとも…。はっきり言って誘拐する価値はない。身代金だってとれるほど自分の家は裕福ではなかったし。

何よりベッドに寝かされているというこの状況、待遇が良すぎるのでは。

そろりとベッドを降りる。着ている服は昨日帰ってきて早々に着替えたジャージのままだ。冷たいフローリングに足をつけ、抜き足差し足忍び足。静かにドアに近付き、また静かにほんの少しだけドアを開けて部屋の外を見る。しんと静まり返った廊下は誰もいる様子がなかった。


「(これ、家の人に見つかっちゃったらどうなるんだろう)」


そもそも人がいるのか、とか思ったが人の住まない家にあんな綺麗なベッドはないだろうし、何よりこの家自体綺麗だったから最初からこの家に人がいると疑っていなかったのだ。

ドキドキと、嫌な意味で高鳴る旨を抑え、廊下に一歩踏み出す。床の軋む音がやたら大きく聞こえた。
どうやら部屋は二階にあったらしい。やはり見覚えのある気がする廊下は、吹き抜けで開放感がある。手すりの隙間から覗くと、すぐ下に玄関があるのを見つけた。あれ、あっさり出られるのでは、これ。
よしよし、と視線を前に戻してハッとした。開いている扉がある。
その先には机に向かう男の姿。
やはり見覚えがある、気がする。なんでだろう。目が悪くてその姿はぼんやりしているから、だから誰かの後ろ姿に似ているとか、そう思ったのかもしれない。コンタクトや眼鏡がここにあるはずもないから確かめようはないんだけど。
わからないけど、でも取り敢えずあの男に見つかってしまったらいけないということだけはわかる。

そう思った瞬間、緊張の糸がピンと張ったのだと思った。
見つかったらいけない。はじめからそうだった。しかし人がいるとわかってしまった。ただそれだけなのに心臓の脈打つ速度は早まり、足が震える。じわりと汗ばむ手を、思わず握りしめた。

震える足を前に出して、一歩進む。
大して古くもない家なのに、ギシッと床の軋む音は、さっきよりもずっと大きく聞こえて新造が跳ねた。

しかし扉の向こう側の男はまだ何かに夢中なようだった。かすかにペンの走るような音がする。何かを書いている、のだろうか。
ペンの滑る音すらこの空間に響くのであれば、やはり足音も相手に聞こえてしまうのではないか。その考えに至ってしまうと、足はすくみ、寒くもないのに体が震えた。
でも、出なきゃ。早くこの場から去らなければ…震える足を何とか動かして、扉の先の人物を注意深く観察しながら一歩踏み出す。
軋む床はまだ男の耳には届かないようだ。また一歩、また一歩と、少しずつだが確実に階段に近付いていった。

ようやく階段の手前にたどり着いた頃には、ひどい疲労感が体を襲った。まだ朝だというのに、もう眠ってしまいたい気分だ。いっそあのまま二度寝してればよかった。

さぁ、あとは階段を降りて玄関出口に向かうだけだ。ふぅ、と気の抜けたため息がこぼれる。

そう、文字通り気を抜いた。

それがいけなかった。





「なんだ君、起きていたのか」





背後から、声がかけられる。
自分でもわかるほど体が大きく跳ねた。気を抜いて、目を離した隙に、男は私に気付いたのだ。
ギギギ、とぎこちない動きで背後を振り返り、そして時が止まったかのようにその姿を捉えた直後、停止した。

どう、して?



「その様子だと書置きをみていないな?ったく、仕方ないとはいえ見知らぬ場所で目を覚ましたら部屋の探索くらいしたらどうなんだ、ん?」
「ぇ、あ…す、すみませ……」
「おいおい、僕は別に君のこと責めようってんじゃあないんだぜ。むしろ感謝しているくらいさ!」
「……」



絶句する、とはまさにこのことだろう。わけがわからず思わず謝ってしまったあと、そのあとにはもう言葉が出てこなかった。目の前のありえない人物が何やらぺちゃくちゃ喋っているが、言っていることは全く持って耳に入ってこなかった。
わけがわからない。知らないところにいたと思ったら、でも妙に見覚えのある場所だと思ったら、まさか、そんなまさか。



「露伴、せんせ……」
「なんだ、僕のこと知ってるんじゃあないか」



おかしい、そんなのありえない。この人はアニメ、いや、漫画の登場人物のはずなのに…。
目の前の男、岸辺露伴はこれは現実だと突きつけるように、にぃと笑った。




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