断固拒否!

□勇気2%じゃ何もできない
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まずは状況を整理しよう。なんて、そんなことをさせてくれる相手ではなかった。
ボォーンと、廊下に鐘の音が鳴り響く。


「さて、君のことをいろいろ聞きたいが、もうこんな時間か。朝食にしよう。君も一緒にどうだ?」
「へっ…!?」


露伴が壁にかけてある時計を一瞥し、すぃっとこちらに視線を戻して言う。
この男、今なんて?一緒に?朝ごはん?はぁ?
混乱しているさ中に更に混乱を招くようなことをさらりと言ってのけた。頭おかしいと思っていたけど、本当に頭おかしいとしか思えないぞこの人。
訳が分からな過ぎて怖い。怖くて体が震える。あぁもう嫌だ、涙出てきそう。これが世に言う異世界トリップというやつなら、もう少しお話の通じる相手のところにトリップさせて欲しかった。
さぁ、と言って近付いてくる相手に、後ずさらずにはいられなかった。しかし、今立っている場所がどこであるか、私は忘れていたのだ。

ぐらりと体が傾く。驚きのあまり声は出なかったが、心臓が凍ったように冷たくなったような錯覚を覚えた。そういえばここ、階段の手前だったんだ…。

落ちる。そう思った瞬間、襲ってくるであろう痛みに思わず固く目を瞑った。しかし衝撃は訪れることはなかった。代わりに腕を強く引かれ、肩が痛い。つんのめるように前に倒れそうになって、倒れないよう閉じていた目を開けて踏ん張ると、目の前に飛び込んできたのは掴まれた腕と、掴んでいる張本人である変人露伴先生。


「まさかとは思ったが、本当に落ちそうになるとはね。階段の前に立ち止まっていたっていうのに忘れていたのか?勉強できそうな顔して案外バカだな」


フン、と鼻を鳴らして皮肉たっぷりに言われた。もう色々ありすぎて心臓バクバク言ってるし半泣きだ。通常なら怒っているであろう発言に対しても何も言うことが出来ず、バクバクとうるさい胸を抑えることしかできなかった。


「ん、ちょうどいいな。このままダイニングに降りるか」


状況が状況なら吊り橋効果で惹かれたりしちゃうんだろうな、とか現実逃避をし始めた私の腕を掴んだまま、彼はあろうことか歩き出し、階段を降りだした。


「えっ、え…!?な、んですか!?」
「だから、朝食だと言ったろう。僕はお腹が空いた、君には特別にご馳走してやる。家へ帰すわけにもいかないからな、この僕のためにも!」


ようやく絞り出した声は困惑に掠れていた。酷く情けない声だったが目の前を進んでいく彼には大した問題ではないようだ。階段の段差があってもこの腕を引く相手の頭の方が飛び出しているのが憎たらしい。
振り解こうにも力の差は歴然で、なんで細身のくせにこんなに力があるんだよ、と思ったけどこの人鈴美さんの小道で康一くん引っ張りまわして走れるだけの力があるんだと思いだしたら納得してしまった。ついでに今自分が女であることを少し後悔した。
されるがままに歩く、と言うより歩幅のせいで小走りなのだが、この人僕のために、とか言っていた。つまり私をネタにしようというのか。だから帰さない、と。そもそもトリップしたのなら帰る家なんてとっくになくなってはいるが、やばい。これ、もうヘブンズ・ドアーされているのでは…。いやだ、嫌すぎる。自分の人生やプロフィール全般が洗いざらいとか恥ずかしくて死ねる。今すぐ穴があったら入りたい。
ページを取られたらどんな気分になるのかわからないが、取り敢えず今の気分は最悪だ。

やばいやばい、どうしようと語彙力皆無に危機感を頭の中でぐるぐると繰り返しているうちに、ついてしまった。リビングダイニングに。


「そこの椅子に座って待っていてくれないか。僕は朝食を作ってくる」


露伴はそこでくるりとこちらを振り返り、空いた片手でテーブル席を指して言う。本気で私と朝食をとろうとしてる、この人。何も言わずに露伴を見つめていたら、その沈黙を肯定ととったらしい。あっさりと腕を解放してキッチンへスタスタと歩いて行ってしまった。
あっけに取られてリビングの入り口でポカンと立ち尽くす。ふとどうしようかと視線を彷徨わせた時、時計が目に入った。時計は8時半を少し過ぎた頃を指していた。あぁ、さっきの鐘の音は時計の音だったのか、8時半を示していたんだな、なんて、ぼんやりと思う。
再び視線を戻すと、露伴は完全に背を向けている。自身の背後には開けっ放しの扉、その先には玄関。今なら本当に簡単に玄関から出ていけるだろう。

でも、逃げられたとしてどこに行けばいいのか。先ほどのようにただ出て行こうとしたのとは、今はわけが違う。知っているけど知らない場所、自分が生きていた世界とは全く別の世界。寝たときの姿のままの自分は、自分を証明できるものを一切持っていない。持っていてもそれは未来のものだから無意味だし、お金もない。身寄りもない。奇跡的に実家が存在してもそこは東京の田舎町、ここはM県…たぶん、宮城。物理的距離にいささかの絶望を覚える。


「(なんで、こんな目に…)」


なにが原因でこの世界に自分はやってきたのか。考えてみても出てこない答え。もちろん回答をくれる神様なんてものは存在しない。いたらとっくに姿を現したり脳内に直接語りかけてくれているだろう。
振り返り、じぃっとリビングからも見える玄関の扉を見つめてみる。それは出口なんかではなく、自分を外敵から守ってくれたものなんじゃないか、なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。


「おい」


不意に声が掛けられる。声をかけてきたのはもちろん露伴だ。くるりとそちらを振り返ると、相手も振り返ってこちらを見ていた。


「逃げようってんじゃないだろうな?言っておくが、ここは僕の家だ。わかるか?君は、突然僕の家に現れた。言わば不法侵入だよ、不法侵入!そんな君に僕は朝飯をご馳走してやろうって言ってんだぜ?警察沙汰にもしやしない。どうだ、優しいだろう?罪悪感が少しでもあるんなら僕の役に立ってから帰れ、いいな?」


ビシィッと音が付きそうなくらいにこちらを指差し、まくしたてる。その迫力に思わずこくこくと頷いてしまった。どうしてかわからないとはいえ、人様の家に勝手に入った、という事実は変わらない。それにしても酷い言い様な気もするが、残念ながら反抗する勇気はなかった。


「ったく、おとなしく座ってろよな。…最近のファンは過激ないうえに非常識だね、まったく」
「(私、貴方のファンじゃないんですけど…)」


わざとらしくはぁーあ、と大げさなため息をついた挙句、肩を竦め再びキッチンへ向かった露伴に、そう言ってやる勇気はもちろんなかった。



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