断固拒否!

□取材は惨事
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カチャリと食器が鳴る。あの後露伴の圧倒的に有無を言わせない強引さで渋々朝食をいただくことになった杏子。
はっきり言って話題なんかあるはずがないので非常に気まずい。
ちなみにメニューはスクランブルエッグにベーコン、サラダ、トーストと、さらにはコーヒーまで出してくれるという厚遇ぶり。後で何を言われるかわかったもんじゃない。しかし食べないと食べないで文句を言われかねないので食べる他なく、だからと言って味を感じられるほど余裕はなかった。


「(今ならどんな激辛料理でも食べれ…ないか…)」


味しなさすぎて、と思ったけどそれはないか。第一辛いものは嫌いだし。
無駄に無意味なことを考えながら、ちらちらと室内を見遣る。整頓されて無駄なものが無い、広い室内に高級そうな家具と調度品のような置物。雑然と物が置かれていた我が家とは大違いだ。だけれど、それが落ち着かない。
パンをかじって、咀嚼して、飲み込む。ただそれだけの行為にも緊張して、食べ物がうまく喉を通っていかない。それをコーヒーで無理やり流し込む、何度かそれを繰り返した。


「おい、落ち着いてものを食えないのか?」


不意に声をかけられてびくりと体が震える。ものを食べていた手を止めて、すみません、と彷徨わせていた視線を前に戻し謝るが、じーっと見つめる露伴の視線が痛い。その視線と交わるのが耐えきれず、するすると目線を落としていくと彼の食器にはすでに何も乗っていなかった。


「手を止めていないで早く食べなよ。君にはぜひ取材をしたいと思っている。食事はその前払いだが…こう見えて僕は忙しいんでね、ちんたらと君の食事が終わるのを待ってやるのも惜しいくらいなんだ、なんなら今からでもしゅざ…」
「いただきますっ」


言葉を遮って食事を再開する。話を聞いていたら食事は進まないわ露伴はそれに対してネチネチ言ってきそうで面倒くさいわで堂々巡りしそうだったからだ。言葉を遮られたことに露伴は少し不満そうにしたが、特に何も言わずにコーヒーを飲み始めた。
そして先ほどまで気付かなかったが、露伴はこちらを観察しているかのようにじっと見つめてくる。非常に食べにくい。そして取材とか嫌な予感しかしない。早く食べてくれと言われてしまった上に、刺さるようなこの視線。焦る。また食べ物が喉につっかえて飲み込めない。再度コーヒーで流し込んでいくという作業を繰り返して、ようやく食事を終えたのだった。正直ご飯を食べた、という気がしない。味はしないし、飲み込むのに苦しい思いをしただけだった。


「よし、終わったな。食器はそのままでいい。さっきも言ったが僕は君に取材がしたい。仕事場に来てくれないか?」
「それ拒否権、は…」
「ないね」
「(即答…)」


拒否権なんてなかった。前払い、と言っていたしそれを頂いたなら取材をさせろということなのだろう。道理にはあっているかもしれないが、食事だって強引なものだったじゃないかと内心悪態を吐く。
取材、嫌な予感しかしない。なぜならこの人は自分の作品に対しての情熱やらが半端じゃない。リアリティ求めて蜘蛛の味まで確かめようとする、控えめに言ってもヤバい人種だ。仕事に対してのそのひたむきさは尊敬に値するが、だからと言って同じようになりたいとは思わない。天才となんとかは紙一重、この人にぴったりの言葉だと思う。
早く、と急かされて立ち上がる。それを確認した露伴はスタスタと先に行ってしまった。部屋を出て、二階へ上がって、先ほど開いていた扉のその先、つまりは仕事場に着く。
うわ、アニメで見たところだ…なんて思わず感動してしまう。ぐるりと部屋を見回してみる。本棚にびっしりと詰まっている本は漫画や小説、資料であろう図鑑と様々だった。


「何つっ立ってんだ、こっちだよ」
「あ、はい」


声をかけられて、ハッとして顔を露伴に向け歩き出そうとした。しかし、露伴は思ったよりも近くにいて、目の前に何かを突きつけてくる。
それは絵の描かれた紙、もっと正確に言えばこの人が描いたであろう、そう、漫画の原稿だった。目の前に飛び込んできた、その繊細な描写に、思わず息を飲んだ。



「思った通り!僕と波長が合うようだな、ヘブンズ・ドアー!」
「っ…!」


原稿を突き出された直後、ぴしりとどこかで音がした。それが自分の腕であるとわかって、ぎょっとする。ペラペラとめくれるページ。自分の腕がめくれていく。その光景は想像以上に気持ちが悪い。視界に時折影ができることから顔もページ化してしまっていることだろう。というか、まだスタンド攻撃受けてなかったのかよ、ちくしょう。勝手にもう攻撃を受けているから逃げても無駄なのだと思っていた。

やばい、そう思って逃げ出そうと走り出したが、既に遅かった。わかっていたとでも言うように足が本へと変わる。バランスを崩してその場に倒れこんだ。
こんなことならもっと早くに逃げてしまえば良かったと後悔してしまう。読まれたくないことはたくさんある。体重とか、これまでの人生のあらゆること、ここが漫画の世界で露伴の過去を知ってることとか、まだ会ったことがないはずのキャラクターたちを知ってることとか。あぁでも、事情を知ったら承太郎さんに助けを求めてもらえるだろうか、帰る場所がない。お金も、身寄りも。何もかも、置いてきてしまった。


「君は知らない部屋に入ってすぐ、部屋を伺うようにキョロキョロする癖があるようだったからね、怪しまれずに原稿を手にして君に見せることができた。なに、害はないさ安心してくれ。さぁ、取材を始めよう」
「あ、や、やだ…」


ずるずると無事な腕で必死に後ずさる。しかしそんな抵抗は微々たるもので、露伴にあっさり顔のページを掴まれた。ページがめくられていく、紙独特の乾いた音がする。本格的に涙が出そうだった。生き恥を晒したも同然だ、こんなの。やだ、いやだ…。


「む…なんだ、これは……」


露伴の眉間に皺がよる。さらにページをめくる音がする。パラパラパラパラとどんどんページがめくられていく。ついに耐えきれずに杏子の瞳から溜まっていた涙が溢れた。うぅ、と小さく嗚咽も漏れる。


「クソッ、何だこれは…!?ふざけるな、泣きたいのはこっちだよ!“名前、飛世杏子。私は何故かわからないけれど起きたら岸辺露伴の家にいた。帰る家もお金も身寄りもない”…
それ以外に何も読み取れない!」
「っ?えっ…?は…?」


ずいっと迫ってきた露伴の顔。言っていることがわからず腕のめくれたページを見る。そこにあるのは文字では無く黒い線、線、線…。句点や句読点ごとにマジックで文字を一直線に塗り潰した、そんな線がびっちり。
なんだ、これは…。


「おい、どういうことだ!説明しろ!」
「そ、そんなの知るわけないじゃないですかー!」


凄まじい形相で説明を迫る露伴。しかし杏子だって何が何だかわからなかった。知るわけない!そう告げた声は今年で1番大きな声だった。



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