断固拒否!

□生にしがみつく
1ページ/1ページ


答えろ、知らない、答えろ、わからないの押し問答がしばらく続いた。埒があかない、そう思った露伴はどこからかペンを取り出す。


「チッ、なら君自身が洗いざらい吐くように命令を書き込んで……」


辟易してすでに逃げる気力すら失っていた杏子。涙が出たおかげで鼻がぐずっと鳴る。そんなちょっとしたことにも羞恥心を覚えたが、目の前の露伴はそれどころではない。
ページの余白にカリカリと書き込みをされても抵抗せずに成り行きを見守っていると、再び露伴が「何ィ!?」と大声を上げる。今度は一体なんだというのか。


「確かに書いた…命令を書き込んだ!ここの余白に、確実にだ!なのに、“消えた”だとォ!?」


なぜだ、どういうことだとまた騒ぎ出した露伴に、一周まわって冷静になり始めていた。ひょっとして異世界人な私は露伴先生の能力が効かないというチートなんじゃないか?ラッキー。
ほんのちょっとだが、泣いたおかげでこらえていたものやら混乱がすっきりした気がする。何より自分以上に今度は露伴が自分の能力が効かないことに動揺して慌てふためいているのだ。人間、自分より焦る人を見ると存外冷静になれるものである。
露伴が離れ、特徴的なギザギザバンダナから飛び出ている髪をぐしゃぐしゃと掻く。心底不満と言った顔で。


「あぁ、全く気分が悪い!なんだって僕が君みたいな高校生のガキにこんなに調子を狂わされなければならないんだッ!」
「え、いや、大学生…なんですけど…」


高校生、という単語に思わず反論していた。よく間違えられるおかげで訂正するのが癖みたいになっていた。条件反射ってやつだ。イライラしてウロウロしていた露伴が勢いよくぐるりとこちらに振りかえる。その眉間には深いシワが寄せられていた。


「ハァ!?そんなわかりやすい嘘をつくもんじゃあないぜ、第一大学生ってんならちんちくりんにもほどが……いや、待て…本当のことか!」


離れていた露伴がぐわっとまた近付いてくる。せわしない人だ。そして怖い。思わず身を引くが、地べたに座り込んだままでは大した距離はできなかった。
ところでちんちくりんとは失礼すぎないか。誰かこの人を殴ってくれ、私はあとが怖いからしません。頼む。
またページを引っ掴まれてまじまじと見られる。先ほどは混乱が勝って考えている暇がなかったが、この人は所謂イケメンの部類に入るわけで。なおかつお声が非常によろしい。途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、露伴の顔を直視できず視線をふぃと逸らした。


「“S大学に通っている大学生”…と。さっきまで読めなかったところが読めるようになっている!これは…そうか、君が僕に話したからだな!?ヘブンズ・ドアーに嘘はつけない。つまり君が大学生ということは認めよう、いくらチビだからと言って早とちりが過ぎたな、すまなかった」
「え…(謝られた、だと…)」
「育っているところは育っているみたいだしな。ふふ、わかったぞ…穴埋めゲームだ、これは」


謝られたことに驚いて視線を戻したら今度は露伴の視線がほんの少し下、そう、胸へと向けられていた。やっぱり殴っていいだろうか。
露伴1人がページにある謎の黒い線たちが何であるか理解した、らしい。再び杏子から離れていった露伴がぶつぶつと独り言を呟いているようだった。時折ふふふ、と笑うので不気味だ。
今のうち…と初めて本にされた康一くんよろしく地べたを這って仕事部屋から出ようと試みる。何故か分からないが命令は消える、らしい。自分からは見えないけれど。つまり逃げることは可能なわけである。とりあえずこの場から逃げないと。どこに行くかは、正直わからないが。


「おい待てよ」
「ひっ…!」


がしっと肩を掴まれる小さく悲鳴が溢れる。いつの間に自分の世界から帰ってきたんだ。心臓に悪い。まだ午前中だというのに今日で寿命が3年は縮んだと思う。


「どこ行こうってんだ。君、身寄りないんだろう?それに僕はまだ前払い分すら十分に受け取っていない」
「な、何が言いたいんですか…」
「家に置いてやるよ」
「……は?」


2回目だがあえて言おう。この男、今、なんて?家に、置いてやる…とは?つまり?


「部屋なら余っている。金もないんだったか…見たところ服もないな?ふむ…衣食住全てだ、保証してやろう。人間関係が面倒で一人暮らししていたが、君は貴重なネ、ごほん、取材相手だ。外にほっぽり出したら死んだなんてごめんだからね」
「…(この人ネタって言おうとした…)」


悪い話じゃないだろう?と得意げな、というよりニヤニヤとした顔をしてくる露伴。断れないとでも思っているのだろうか。


「あの、すみません、お世話になるわけには…」
「へぇ?人の家に勝手に入ってきたうえにただ飯食って出て行く気か?それに考えてもみろよ。ここに君の持ち物は一切ない。外に出るには裸足か?そんなどう見ても怪しいやつを拾って、金もなにも持っていないのに住まわせてくれるなんて場所があると思うか?あってもそこには裏があるだろうね、例えばそう、売春…とか」
「……」
「そんなことになるなら僕の家で、金にも食事にも、困らず寒空の中で眠ることもない方がずっといいだろ?僕が欲しいのはリアリティだ。君の記憶をなんとしてでも読みたい。そのためにはどうも色々聞きだす必要があるようだが…まぁそれは置いておこう。こんな好条件、他にないと思わないか?正直、君に断る理由はないと思うが?」
「………」


正直、その通りだと思った。突然現れたお金も身寄りもない怪しい女を、タダで…いや、厳密に言えばネタ提供という対価さえ払えば衣食住、その全てを保証してくれるというのだ。ここが露伴の家では無かったら即刻警察にお世話になっていたことだろうし。
問題があるとすれば露伴が男である、ということと、それこそ露伴であるということだ。すでにズタボロに言われているのにこの先ずっとそうだと言うなら何か喋る前に心が折れて、いっそ心を閉ざしてしまいそうだ。不安しかない。


「あぁそうだ、僕が男だからと断ろうとするつもりなら安心してくれ。僕は君みたいなチビでちんちくりんな女は全くもって趣味でも好みでもないんでね」
「………」


…このやろう。
問題は1つだった。この人が露伴であるということが問題だ。失礼にもほどがある。いや、好みと言われても困るが。


「さ、どうするんだ?断るのか?断らないのか?」
「……よろしく、お願いします」


逆に考えるのだ。問題は大きいがそれだけだ。たった1つなのだと考えるべきだ。ポジティブになろう。私のメンタルはお豆腐並みだが、ネタ提供者のメンタル潰しては元も子もないんだからそこまで、酷いことは、ない、と思おう…。
腹をくくれ、強くなれ私。目の前の露伴が勝ち誇ったように笑っているのは腹が立つが、私は放り出されて一人ぼっちで空腹や寒さに震えるのは嫌だ。
私は生きることを選ぶのだ…。そう、ただそれだけだ。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ