断固拒否!

□五月の風と着せ替え人形
1ページ/1ページ


不本意ながら露伴に世話になることになった杏子。そうと決まればと、何かを思いついたらしい露伴は杏子の本化を元に戻し、スタスタと仕事場から出て行ってしまう。


「何してんだ、君も来いよ」


放って置かれてどうしようか、と思っていたら階段の途中でくるりと露伴が振り返った。ついて来いと言わなかったじゃあないか、そう思いながらもはい、と返事をしてのそのそと立ち上がり、再び階段を下り始めた背中を追う。階段を下りきったところで待つよう言われ、露伴が去った後、改めてぐるりと玄関口を見回した。広い。吹き抜けだから余計そう感じるし、こんなところに20代という若さで一人暮らしだというのだから、岸辺露伴という漫画家は相当売れっ子なのだろう。アニメ視聴勢で原作を読んだことがないから詳しい知識はない。あぁでも、宇宙人の回で小指直してもらうために200万出してくるあたりはやはり金持ちなんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら杏子は露伴を待つ。数分して戻ってきた露伴は鞄を持っていた。


「出掛けるぞ」
「はぁ…いってらっしゃい?」


一言そう告げられて、何故と首を傾げた。疑問符がついたのは何故自分に告げるのかと思ったのと、家主を見送るのにこの表現が正しいかわからなかったからだ。すると露伴は心底面倒臭そうな顔をした。我が物顔でこの家から自分を送り出すんじゃない、と言いたいのだろうか。


「あの…」
「お前も来るんだよ!」


馬鹿が、と最後に罵り言葉まで頂いて、ようやく理解できた。今度は一緒にお出かけしようというのか。何のためにだろうか。画材でもなくなったとか?
先に玄関で靴を履いていた露伴から鋭い視線が向けられ、考えることは後回しにして慌てて駆け寄った。これ以上待たせれば既によろしくなさそうな機嫌をさらに悪くしかねない。さて、玄関までやってきて気付いたことがある。


「(靴、ないじゃん…)」
「あぁ、靴がないんだったな。…一先ずはこれでも履いておけ」


いっそ裸足か、なんて考えてると、ぽいっとサンダルが投げて寄越された。露伴のものらしいが、もう履くことはないのだろう、ちょっと古いそのサンダルは当然の如く自分のサイズには合いそうにない。贅沢は言えないとはいえ、これはさすがに…。


「…(もう冬でしょ、寒そうだな…)」
「おい、早く履けよ」


扉に手をかけた露伴が急かす。表情は先ほどと変わらない。面倒臭そう、いや、不機嫌といったほうが正しかったようだ。いちいち言ってやらないと行動しない女、杏子に腹を立てている。
そそくさと放り出されたサンダルを並べて、サンダルを履き始めた杏子を、これ以上待つ気は無いのか露伴はガチャリとドアを開けていた。爽やかな風が室内に入り込み、杏子の黒くて長い髪を揺らす。
そこで杏子は、違和感を覚える。


「……?あ、あの、今何月ですか…?」
「は?5月だよ。変なことを聞くやつだな、連休でぼけたのか?」
「……(11月、じゃない…)」


風が冷たくない。小さな疑問を感じて、些細な質問をした。答えは衝撃的だった。ただトリップしたと思っていたら季節まで違った。驚きである。時代設定がされているために時間が17年まるっと遡っていると錯覚していた。そうだ、ここは漫画の世界だ。
驚いていたのもつかの間、露伴に再び早くと急かされて、サイズの合わないサンダルを半ば引きずるようにして外へ出る。ジャージにサンダル姿、しかもサンダルは履いているというより、ぺらぺらの板の上に足を乗せたと言ったほうが正しそうな、なんともみっともない格好。着ているものがパジャマでないだけマシ、と自分に言い聞かせながら、所謂ダサい格好でそろそろと露伴の後ろについていく。
ついて行った先にあったのは車。先ほどのことで学んだらしい露伴は「乗って」と車に乗り込みながら助手席を指差し杏子に指示を出す。直ぐさま反対側に回って助手席に乗り込む。
男の人の車に乗るのは緊張する。それが誰であろうとも。「失礼します…」と控えめに断りを入れ、露伴がシートベルトを締めたのに倣って、自分もシートベルトを締めた。


「…(どこに行くんだろう)」


エンジンが掛かる。車が発進する。行き先はどこなのか、聞こうにもタイミングがわからなくなっていた。そもそも聞く権限があるのだろうか。



しばらく沈黙が続いた中、到着したのは服屋。それも女性服の。


「…(え、そんな趣味が…?)」


まさかの趣味の露見にドン引きしていると、降りるよう告げられ、それに従う。配られた視線が付いて来いと言っているように見えた、というか連れてこられたのだからついていかないわけには行かず、スタスタとお店に入っていく露伴について行く。
なかなかにおしゃれな雰囲気のお店に、ジャージ姿で入っていくというのは、非常に恥ずかしかった。

店員と何やら話し始めた露伴をよそに、杏子は少し離れた箇所であっ、この服好きだなーなんて暢気なことを考えていた。お話終わるのまだかな、と視線を露伴へ戻すと店員とぱちっと目が合った。こちらを指差す露伴と、にこりと商売用と言わんばかりの笑顔を見せて頭を下げてきた店員にぎょっとする。なんだと言うのか。


「さ、お客様こちらへ」


にこにこと近付いてきた店員にどきまぎしていると背中を押される。


「お客様にはこちらのお洋服がお似合いかと思いますが、如何でしょう」
「わ、私です?」
「はい、お客様でございます」


サッと目の前に服が出され、困惑する。え、自分?先生じゃなく?と。やたらハイセンスだったのは実は女性物着ていたからなのかとか勝手に納得していたら、どうやら違った、らしい。衣食住の保証、なるほど、これは衣か。露伴は店員に杏子の服選びを丸投げしたようだ。
しかし、服選びは正直苦手である。ウィンドウショッピングなら見ているだけで良いので気楽なものだが、いざ自分の着る服となるとどれが似合うのかだとか、色の合わせ方だとか、さっぱりである。所謂ファッションセンスに自信がない。とりあえず、無難なものを選ぼう、あっちの世界で着ていたみたいな。まず、差し出されていた服はまぁまぁ好みなので試着してみることにした。



それから3、4着選んでこれでいいか、着回せば、と適当に無難な服を選んだ。選んで終わったと報告すると店員の手に持っている服を一瞥して露伴は足りないだろう、と言ってきた。さらにこれなんてどうだと露伴が服を差し出してきたので困ってしまった。服は安くない。返せるものがないために遠慮したと言うのにその配慮を気にした様子などなく、杏子に服を押し付けて試着室に押し込まれた。
露伴にしては奇抜さはない、しかし杏子からしたらファッションレベルが高いものを渡され心の中でひぃひぃ言いながらとりあえず着た。着て見せたら意外に好評価で、店員も似合いますね!なんておだてるものだから選んだ露伴の鼻が高くなった。結局その服の購入を勝手に決められ、そのあとはまた店員に丸投げ。随分とおしゃれが好きらしい店員さんはちょっと派手すぎるのは好まないと要望を告げると次々にあれはこれはとすすめてくる。杏子は完全に店員の着せ替え人形と化していた。着ていったものの中で特に気に入ったものがあればそれを買い物カゴに追加する、という形だ。
ゆうに3時間ほど。まぁそれくらいあればいいだろうとその様子をたびたび眺めていた露伴がようやくストップをかけた。


「そうだ、杏子、君足のサイズは?」
「エッ…あ、えーっと、23…ですけど」


今まで君とかお前と呼んでいた露伴がここにきてナチュラルに杏子の名前を呼んだ。杏子は思いがけない発言に変な声を出しながらも質問に答える。


「すみません、この靴の23センチはありますか」


露伴が指差したその先に杏子と店員の視線が向く。そこにあったのはリボンがあしらわれ、淡い緑色をしたストラップ付きのパンプス。ヒールは太めで低いため、歩きやすそうであった。ございますよ、と答えた店員にじゃあそれもと即答する。
会計をそっと後ろから覗いたら金額がエグかった。思わず顔面が引きつった。露伴様々である。それまでも決して対等ではなかった2人の関係は、完全に露伴の方が上に君臨する形となった。

会計を終え、再び店員にこちらへ〜と連れて行かれた杏子が、店から出る頃には寝巻き代わりであったジャージ姿にぶかぶかサンダルというスタイルから、ワンピースにパンプスと見違えるものとなっていた。ちなみにワンピースは例の露伴セレクトのものである。着替えて下さいと1着だけ店員に押し付けられたのがこれだった。


「ようやく見れるようになったな。それに、悪い気分じゃあない」
「そうですか…(今までは見れなかったんかい)」


こっそり脳内で文句を言いながら、しかしだいぶ機嫌がよろしく見える露伴と購入したものを持って車へ向かう。次はどこへ行くのだろうか。早く帰りたい。朝起きて出口を目指したあの時とはまた別の意味でひどく疲れた杏子は、車に乗り込んでから次の目的地に着くまで船を漕いでいた。



.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ