断固拒否!

□ななめなご機嫌いかが
1ページ/1ページ


完全に露伴に遊ばれている。
そう感じ取ったのは次は下着を買いに行くと公共の場で恥ずかしげも無く発言した彼が、杏子のむせ返る姿をみてしたり顔をした瞬間だ。
こちらはそんな発言をされて、周りの誰かに聞かれてはドン引きされていないか心配であり、かつ恥ずかしさがこみ上げてくるというのに、露伴は涼しげに足を組んで水に口をつけている。なんかよくわからない力で露伴先生の気管に水が入ってむせろ、と念じてみたが全くもって意味はなかった。
喉にイガイガ感が残る中、さすがに反論すべきではないかと口を開こうとしたその直後に料理を持ってきた店員が声をかけ、遮られる。それを感じ取ったらしい露伴はニヤリと笑った。なんて腹の立つ人なんだろう。まだ12時を少し過ぎた頃だというのにもうこの先のことが心配になってきた。
昼食の最中はまた食べ物が喉を通りにくかった。というのも露伴は杏子をずっと観察しているのだ。目の前からの刺さるような視線。料理を待っている間もそうだったが、朝食もこんな感じでずっとみられていたのだろうか。そんなことを考えながらも居心地の悪さに箸は進まない。食べているのはパスタだけれど。ちなみに露伴はオムライスである。そういう可愛い感じのご飯はギャップがあって無性に露伴が可愛く感じられるのでやめていただきたい。
ともあれ観察されながらの食事が気持ちのいいものであるはずもなく、やはりほとんど味を感じないまま昼食を終えたのであった。


食事を終えると、宣言通り今度はランジェリーショップに連れていかれた。さすがに店内にまで入って来ることはなかったが、店員が「彼氏さんですか?彼の好みとか聞かなくていいんですかー」なんて言って来るものだから全力で否定した。露伴は自分を趣味でないだとか言っていたし、杏子が4部で1番気に入っていたキャラは彼ではなく仗助であった。なので露伴と恋人と思われるのは心外なのである。仗助なら良かったかと言われればそれはそれでまた複雑なのだが。
さすがに今回ばかりは露伴の介入もなく、しっかりサイズも測ってもらって下着を選んだ。財布は店に送り出された時に使えと握らされたので、遠慮しながらも待たせすぎるのは忍びないためそそくさと会計を済ませる。前払いと言われはしたが、いわゆるこれは借金である。この今までの生活からしたら莫大とも思える借金を返せるだけの激動的人生を歩んできたわけではない杏子は気が重たい。先ほどの洋服代も合わせ、金額が積み上がって行くのをひしひしと感じてしまい、ため息が出る。
にこやかな店員が店先まで見送りに来て、
商品をそこで手渡される。外で待っていた露伴にもその営業スマイルを向けてからまたお越しくださいませと頭を下げたので、こちらもお礼を述べてからその場を立ち去った。


「妙にニヤニヤした店員だったな」


店を離れ、再び車に乗り込んだ露伴が唐突に話し始めた。突然なにを、と思って露伴を見上げていた杏子だったが、やや間があって露伴の目がちらりとこちらを向いたので、自分に話しかけたのだと悟る。


「…店員なんてそんなものでは?」
「いや、あれは何か……お前何か言われなかったか?」
「…えー……あっ、彼氏ですか?って聞かれたんでめちゃくちゃ全力で否定しただけ、ですけど」
「めちゃくちゃ全力でってのが気に食わないが、完全にそのせいだろう」


はっきりとその顔を嫌だと言わんばかりに歪めてみせた露伴。完全にそのせい、とは。ちゃんと否定したのに、なにが問題だと言うのか。


「赤面症だろう、君。初対面の人間と話すときに顔が少し赤くなるんだよ、動揺するようなことを言われたら尚更な」
「えっ、赤くなってます…?確かに話すのはそんなに、得意じゃないですけど…」
「なってるんだよ。顔が赤いのに全力で否定なんかされたら照れ隠しとして受け取られてもおかしくないじゃあないか」
「うわ……」
「うわってなぁ…それはこっちのセリフだ。心外だな、僕に似合う女に見えたのか?服はまぁいいとして、外出するのに化粧もしてない女だぞ」


好みでもない女が自分の彼女であると思われたことがだいぶお気に召さないらしい。露伴はイライラした様子で人差し指でハンドルをとんとんと叩いている。本当に酷い言われようだ。化粧だってしていないのは仕方ないじゃないか。
それにしても、赤面症とは自覚していなかった。引っ込み思案であったり照れ屋であったりは何と無く自分でもわかっていたが、そこまでとは。思わず自分の頬に触れる。まさにその通りとでも言うように、少し冷えた手が頬の熱で温まるのを感じた。


「やっぱり化粧品は買えよ。これから一緒にいることになるって言うのに、君がよくても僕が嫌だ」
「……はい、すみません」


僕が、の部分をだいぶ強調して言ってくださった露伴に素直に頷くことしかできなかった。拒否権は無さそうである。出来ればこれ以上お金を出させたくないのが本音なのだが、家主が言うのならば黙って従うしかない。そもそも反論をするような度胸、杏子にはないのである。せめてもの抵抗にデパートとかではなく薬局に行って欲しいとだけ頼むので精一杯であった。


所変わって薬局。ふらふらっと中を歩いてみてみると生理用品だとか歯ブラシだとか、必要になってきそうなものが目につくもので、またお金を使わせてしまうのだと思うとだいぶ胃が痛んできた。


「おい、化粧品はあそこだろ。いちいち棚覗いてないで表示を見ろよ。何のためにあると思ってるんだ」
「あ、いや、他になにあるかなー…って、思って…」


本当は眼鏡やコンタクトがなければその表示は遠いと見えないのだが、それがまたバレれば眼鏡も買おうと言い出しそうなので、えへへと適当に笑って誤魔化す。怪訝そうな表情はもう見慣れたもので、早く買いましょう、なんて言ってその横を通り過ぎて化粧品売り場へ向かう。
正直、服と同様に化粧品にも疎いうえに自分が今まで利用していた化粧品がこの時代にあるはずもなく、化粧水や乳液、ファンデーションやらは軽く効果であったりを見るにとどめて、安めのものをカゴへと入れて行く。他に比べたら安いものだがアイラインやアイブロウ、マスカラには犠牲になってもらう。なくても何とか、なる、なる…よね。
あー、どれがいいんだろう、わからん、本当にわからん。適当でいいかーと溜め息をちょくちょく交えながらも何とか選び終えてカゴを手に立ち上がると、そこには仁王立ち露伴大先生。何ごと…。


「杏子、視力は、いくつだ?」
「…………」
「目、悪いだろ」
「………はい……(バレてらっしゃるー!)」


圧が、やばい。これが漫画だったら後ろにゴゴゴゴという効果音が付いていただろう。いや、おそらく漫画の中なのだが。
杏子の回答を聞いた露伴は盛大に舌打ちをしてさぞ面倒臭そうに、さっさとここでの買い物を済ませて次行くぞ、と言ってきた。次はどこですかと聞いたら眼鏡作りに行くに決まってんだろとお怒りだったのでそれはもうさっさと薬局での買い物は済ませた。
今更生きて帰れるか不安になってきた。


杏子が進言しなかったおかげで再び機嫌が急降下したらしい露伴の機嫌がどうしたらよくなるのか。杏子が考えに考えた結果、「露伴先生はセンスがいいので」と口から出まかせ言って眼鏡のフレームを選んでもらうことで落ち着いた。ちなみに半分くらいは本当にセンスがいいとは思っている。あくまで半分くらいだが。センスがなければ自分であんな服着て似合うわけないだろう。たぶん。
君の考えなんてお見通しだぞ、と言いたげに眉間にしわを寄せた露伴だったが、結局フレームは選んでくれた。予想とは打って変わって黒縁のシンプルな物が選ばれ、思わず目を丸くする。


「派手過ぎるものは君の顔の良いところを潰すだけだ」


それくらいもわからないのか、と吐き捨てられてまた目を丸くした。顔に熱が集まるのがわかってしまい、思わず顔を背けたが、バレてはいないだろうか。いや待て落ち着け、顔が良いと言われたわけではない。落ち着け。
深呼吸をし、そうと決まればと会計を済ませに行った露伴を盗み見る。こちらを気にした様子はなさそうなので、ひとまず安心する。心臓に悪い人だ。


「受け取りは3日らしい。自分で来れるように道覚えておけよ」
「えっ、マジっすか」
「大マジだよ。そこまで面倒見られるか」
「……せめて地図は貸してくださいね…」


ほんの少し機嫌が直ったと思ったら反撃にあった。はじめてのおつかいってこんな感じで不安になるものなのだろうか。頑張ってここまでの道を覚えなければ。それを3日後まで忘れないようにしなければならない。
不安材料がまた1つ増えた。
そんな眼鏡店での出来事。今日の買い物はここで終わり、ある程度生活できるものを揃えた杏子は車内から流れて行く景色を眺めながら、これからのことを長い目で見つめて行くよりも道を覚えることに必死になるのであった。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ