断固拒否!

□失敗は成功のもと
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露伴の家に来て3日が経った。露伴の家で過ごすのももう4日目となる。
あのシロクマのぬいぐるみはただのぬいぐるみで、たまたま一緒にこちらの世界にやって来てしまってらしいだけだった。期待させやがって、と起きた時は落胆したものの、その直後に露伴が「いつまで寝てる気だ」とやはりノックも無しにドアを開けて来たので怒りで落胆も吹っ飛んだ。だからと言って彼に文句を言ったわけではないが。それ以降も文句を言いたい場面は多々あったのだが、杏子は耐えたり、そんな勇気を持ち合わせるわけでもないがために沈黙していた。
さて、この世界が夢でないということもほとんど明確になり、やはりこれからのことを不安に思ったりもしたが、杏子は自分がこの世界、いや、この家に思った以上に順応している気がしてある意味震えが止まらない。言われたことをこなすだけではあったが、露伴宅の家事を淡々とこなしていた。それについて露伴からは特に彼から文句を言われることはかった。とは言え、現在の露伴の機嫌は最高潮に悪かった。

杏子はジョジョの世界にトリップらしいことをしたらしいが、それ以外は平々凡々な生活をしていた、いわゆる普通の女の子である。性格はそれなりに真面目ではあるが面倒臭がり屋で、あまり努力というものはしたとしても好きとは言いがたい。そんな性格もあってかあまり困難を乗り越えた経験だとか、大きな挫折というものを味わっていないのだ。おかしな現象にあうのは今回が初めてな上に、何故だとか理由はわからないし、あちらの世界のことは、この世界が物語であるけれどほぼ未来と言っても過言ではないし、話すことができない。
何は話してよくて、何を話すのがいけないのか、質問を受けながら必死に思考を巡らせる。そんな杏子の受け答えは、露伴から質問をされても要領を得ず、話し方はたじたじ。リアリティを求め、そのための資料たる彼女が思った以上に使い物にならなければ、それは露伴だってイライラすると言うものである。先日すでに来週分は描き上げたから良かったものの、と小言を言われながらも、やはり買ってもらった分の金額にはこれっぽっちも満たないかと、ここ2日は寝る前にため息をつくばかりであった。たぶん役に立っているのは調理以外の簡単な家事のみである。それだって本来なら露伴が今までこなしてきたのだから、取るに足らないことなのだろう。悲しいことこの上ない。



そして本日4日目。現在時刻は15時半を過ぎた頃。3時に露伴からお茶くらい入れられるだろうと頼まれ、紅茶を用意して仕事部屋に持って行ったら、一口飲んだ直後に「渋い、まずい」との感想をいただいた。仕方ないでしょ、なんでティーバックじゃないの。そもそも紅茶はあの独特の風味とかが苦手であまり飲まないので、淹れ方がよくわからなかった。杏子は緑茶派である。緑茶は多少渋くても飲めるのだ。
しこたま怒られて淹れなおします、とカップを下げようとしたら「時間の無駄になるからいい」とこれまた辛辣に手を払われてしまった。するとなんと、手を払われた拍子にカップがカチャンと受け皿から落ち、あろうことか露伴大先生の原稿を汚したのである。
怒りの頂点に達した露伴は言った。


「君は本っ当に役に立たないな!もういいから!おとなしく!庭の草むしりでもしてろッ!!」


手を払ったのは先生なのに!と言い訳することもできずに杏子は現在、絶賛お庭の草むしり中。庭は無駄に広い。敷地はどこまでだろう。しかし、こういった作業はほんの少しあちらの世界の実家の庭を思い出す。ここには及ばない小さな庭だが春には花を植えたりしたものだ。草をむしりながら自然と鼻歌がこぼれる。

それからどれほど経ったかわからないが、やがて足腰が悲鳴を上げ始めた。最近の自分の運動不足ぶりを呪いたい。一度立って、ぐっと伸びをして、辺りを見渡す。それなりに庭の雑草がなくなり、綺麗になっていることには軽く感動を覚えた。それを見て少しだけ元気になって、また鼻歌を歌い始め、作業を再開しようとした時だった。


「おい」


不意に声をかけられ、顔を上げる。視線の先には露伴が窓から顔を出している姿があった。どうやら杏子を呼んだらしい。


「鼻歌歌ってご機嫌なところ悪いが、紅茶と、それから担当が送ってきたクッキーあっただろう。あれを3人分用意しておいてくれ」


早く、と顎で催促をされて、慌てて家の中に戻る。それにしてもまた紅茶を淹れるよう言うとは、さっき失敗しているのを知っていて言うのだろうか、この人は。


「あの、紅茶……」
「1回だけ入れ方を言ってやるから覚えろ」
「アッ、はい」


お湯を沸かしている最中に、紅茶の茶葉は1人分がどの程度の量で、どれくらいの時間待って、どうカップに入れていくか、割と本格的な紅茶の淹れ方を教わった。メモは取れないので露伴の言葉を何度も頭の中で復唱してなんとか覚える努力をした。本当に1回だけ説明をして露伴は「準備が終わったら戻っていい」とだけ言い残して、また2階に上がってしまったのだが、紅茶とお菓子を出すのだからお客さんが来ているのだろう。仕事関連だろうか。
なんとか手順を間違えずに紅茶を淹れ、缶にぎっしり詰まったクッキーをそれぞれの小皿に適当に分ける。どこに置いておけという指示は無かったので、キッチンに置いておいて、言われた通りにまた外の草むしり作業に戻った。

それから1時間もしないうちに草むしりの作業も終わって、しかし仕事で誰か来ているなら長引くだろうから室内に戻りにくい。仕方がないのでベランダの階段に座って、歌を口ずさむ。向こうで好きだった歌はうろ覚えで、正直半分は鼻歌だった。
夕暮れ時にやることではなかったな、とほんの少し寂しさと虚しさを感じて柱に体を預けた時、背後からガチャリと音がして振り返った。


「まだこんなところにいたのか、客なら帰ったぞ。あぁ、あと今日は自分で何か作って食べてくれ、僕は適当に食べる。仕事部屋には絶対に、入るなよ」


口早に、しかし絶対にをやたら強調して告げられ、思わず唖然としてしまった。はい、と返事を返す前に足早に露伴は去っていき、ぽつんとその場に1人残される。一体何だったのだろうか。やけに機嫌が良かったように思える。来ていたお客というやつはよほど彼のお気に召した、のだろうか。わからないがそのお客さんは御愁傷様。記憶を破りとられないまでも読まれはしたんだろうな、可哀想に。なむなむ。

そうしてその日は露伴がリビングに降りてくることはなかった。残念ながら料理はクック○ッドを頼らなければほとんど何も作れないので、それがなくても簡単に出来るものだけを作って食べた。それからお風呂に入って、特にやることもないので眠気がやってくるまでベッドでゴロゴロする。まだほんの数日しかいないがこれが日課になりつつあった。
やがて眠気がやってくれば布団に潜り込んで目をつむる。これまでの間にドアの開く音は聞こえなかったので、きっと露伴先生は部屋から出ていないな…ぼんやりとそんなことを考えながらゆっくりと意識を沈めていった。



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