断固拒否!

□事実は人を驚かす
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ちらちらと室内の様子を伺う。そして、改めてものすごい空間にいることを認識した。
ここにいる自分以外、漫画の世界の住人だった人たちだ。それが今、目の前に、現実の、生きている人として存在している。
露伴ただ1人の存在をもってしてもそれは明らかであったが、物語の流れに、その一部に、自分が存在しているのだと彼らが物語る。
どうしてこんなことに…改めて考えてみても、やはり答えは見えてこなかったし、教えてくれる神様なんて存在はいたりしなかった。

ドキドキと緊張で高鳴り続ける心臓に、心の中で落ち着けと何度も語りかける。無意味な行動ではあったが、しないよりは幾分かマシ。そんな心持ちで、うつむき気味にになりながらも、緊張で話が耳を通り抜けていかないように努める。

簡単にお互いの自己紹介、といっても承太郎さんがそれぞれの名前を伝えるだけのごく簡単なものを済ませる。すでに彼らの名前を知っている杏子には実は不要なものであるが、知らないふりを決め込んでよろしくお願いしますと頭を下げた。
それから話されていった内容は、この杜王町で起きている事件についてだった。片桐安十郎にはじまり、奥村慶兆、音石明、などなどの不思議な能力を持ち事件を起こしていた人物たち。杏子もその被害者ではないかと語り、今回の犯人とされるのはベッドに仏頂面でいる岸辺露伴だと承太郎が説明する。
厳密に言えばどちらかというと不本意ながらも不法侵入している杏子は、加害者とまでは言わないまでも何の被害を受けていないのだが、承太郎の説明を否定できるほど大胆な性格でもないし、ちらりと見やったところ露伴も否定をしなかった。
否定しないのか、と思ってからはたと、自分も露伴もあの現象には説明がつけられないと気付く。文字通り気付いたら居たのだし、本来ここは自分の世界ではないこと、自分は露伴にも話していないことをここで説明できる気がしない。そう、自分にはてんで関係ないだろうと思っていた物語の中の世界。ひかれあう、スタンド使いたちの世界。
なぜ凡庸な一般人たる自分がここにいるのだろうか。もしかして自分も…とそこまで考えてやめた。だってそもそもそんなものが存在しない世界に生きていたし、だからといってこちらに来てからあの矢に射抜かれた記憶はやっぱりないのだ。うん、考えすぎだ。


「…とはいえ、それでは説明が出来ないことが判明した」
「えっ?」
「正直なところ、俺は君もスタンド使いなのではないかと思っている」
「……え…っ?」


全員の視線が杏子に集まる。まじかよ…という顔をしているのは彼らの視線の先にいる杏子…億泰のみである。

ちょっと待て。ということは億泰以外は私がスタンド使いである可能性があるって思っているってことなのか?どこをどう見てそうなったというのか、てんでわからない。


「君と病室で少し話したあと、岸辺露伴、そして仗助たちと話をしたんだが、君は2人のスタンド能力が効かなかったと聞いている」
「えっと…」
「君は被害者だと話したが、厳密に言えばこの騒動全体に巻き込まれた被害者、といった方が正しい。君は矢に射られた、何者かにスタンド使いにされてしまった被害者なのではないかと、俺は考えているが…身に覚えは?」
「いえ、あの…全くない、です…」


本当に。そんなことがあったらいっそ忘れられるはずがない、と思う。ぺらぺらの紙に描かれていた矢がどうしたら刺さると言うのか。考えてみても想像がつかない。ナ◯トの鳥獣戯画じゃあるまいし…。俯きがちに縮こまって答えた杏子にそうか、と承太郎が帽子のつばを下げ、さらに言葉を紡ぐ。


「…最悪の場合は死に至ることだ。なんらかの意識障害や、記憶の喪失もあり得る。無理に思い出す必要はない。高校生くらいの君が経験するにはあまりにも惨い経験だ」
「や、私大学生、です…」
「「「えっ…」」」
「………」


反射的に出た言葉に、声を合わせて驚いた様子なのは高校生3人組。承太郎は黙ったかと思えば小さくすまないと聞こえた。ベッドの上の露伴は既に彼女が大学生であると知っているが故に、4人の反応を見て楽しんでいるようだ。口元が歪んでいる。


「えっと…よく間違えられるというか…仕方ないので、気にしないでください。先に言っておくと4年生です、21歳…」
「は?」


今度は露伴の口から疑問の声が上がった。この様子では杏子を18歳のぴちぴちな大学入りたてだと思っていたに違いない。いや、ぴちぴちは言いすぎた。
21歳。身長だとか大人っぽさだとか、諸々合わせてそう見えないんだろうとわかっていてもここまで驚かれるといっそ凹む。こちらこそすみませんという気持ちで視線をみんなとは逆の方向へと逸らしていく。


「僕より、年上…だと…?」
「はい?」


逸らしたが、すぐに視線は露伴に戻った。今度は杏子が驚く。代わり番こに驚いていくこの部屋の状況はある意味おかしかったが、誰もそれを指摘できるほど情報を整理しきれていない。


「おい、なんで君が驚くんだよ」
「えっ、いやだって…ごめんなさい、26…いってなくても24位だと、思って、て…」


露伴は動かないのに思わず立ち上がって距離を取る。ものすごく失礼なことを言った自覚があってからだ。今度ニヤつき始めたのは高校生組。主に仗助と億泰。先ほどのどうだ驚いただろうとしたり顔気味の露伴とは違って、こちらは笑いをこらえていると言った雰囲気だ。それも相まって、露伴の眉間には深いシワがより、青筋が額に浮かぶ。そんなことしたら怪我して切れたりした傷口開きますよ、なんて言えたらいいのだがあいにくそんな余裕は杏子にはない。


「ご、ごめ…」
「君僕のファンだろ!?年齢くらい知っとけよ!康一くんはともかく、あの間田とかいうガキも知ってたくらいだぞ!有名だろうが!!」
「いや知らないですし…!わ、私先生のファンとは一言も言ってないです…っ!」


ベッドから降りて今にも飛びかかってきそうな勢いの露伴に、思わず壁際まで後ずさる。初めてだった時に否定できなかった、"露伴のファン"というレッテルが今、ようやく引き剥がされた。
ぽかんと口を開けて呆然としたのは露伴、だけではなく高校生の3人も同様だ。


「なん…だと…?」


信じられん、という顔をしてぼすりとベッドにもたげた露伴。
先生、それこの漫画のネタじゃないと思います、なんて思いながらも軽く放心している露伴に、ほんのちょっとだけ、仕返しをしてやった気分になった。


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