断固拒否!

□不明瞭な正体
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「…話を元に戻したいんだが」


露伴が放心したのをきっかけに誰も言葉を発しなくなったその時、咳払いをして視線を自身に集めた承太郎がいいだろうか、と帽子のつばを少し上げた。
そうでした、と言わんばかりに居住まいを直す高校生3人組に、気持ち露伴から距離を取りながら座り直す杏子。露伴もぽかんとしていたのもそのほんの少しの間だけで、苛立たしげな視線を杏子に向けたあと、どうぞと承太郎を促した。


「…まぁ、さっき話した通りだが、君がスタンド使いなのではないか、と思っている。スタンド使いは惹かれ合う。とすれば、君自身に危険が及びかねない」


仮定の話だ。だが前提の話でもある。完全否定ができない以上、承太郎は警戒を怠ることはできないのだ。


「手っ取り早い方法は、君が我々のスタンドを見ることができるかどうか、それを確かめるのが1番なんだが」


そこまで言って、承太郎は杏子をじっと見つめる。覚悟はあるか?そう聞かれたように思えて、ハッと息を飲み込んでから、それでも確実に、ゆっくり頷いた。


「…仗助」


杏子の返答を見届けた承太郎が、仗助にスタンドを出すように指示をする。今度は仗助が頷いた。


「………」
「………」
「………」


沈黙が続く。
杏子はじっと仗助のスタンドが出現するであろう空間を見つめていたが、やがてこてんと首を傾げた。えっ、まだ出してない、のかな、と。助けを求めるように承太郎の方へちらりと視線をずらす。


「見えないか?」
「えっ、やっぱりあの、出して…ます?」


視線に気付いたらしい承太郎が尋ねる。言われてもう一度目を凝らして見たが、スタンドのスの字も感じられない。
再び首を傾げた杏子を見て、承太郎はもういいぞ、と仗助に伝える。


「…どうやら俺の思い違いだったようだ」


すまない、と帽子のツバを下げる承太郎に、むしろこちらがごめんなさいという気持ちでいっぱいになる。
けれど正直ホッとした。これで見えてしまったらいよいよ色んなことに巻き込まれかねない。物語の中心人物に仲間入りは、それこそ凡庸な自分など死ぬ気しかしない。残念ながら頭も良いとは言い難い。
ただ、でも問題なのは…


「ただ、君に何故スタンド攻撃が効かないのか、説明をつけることができない。スタンド攻撃の効かない君の存在は、スタンド使いにとっては驚異だろう。しばらくは警戒のため我々の財団の監視…とまではいかないが、目を光らせておきたい。構わないだろうか」
「それ、は…構わないですけど」


問題なのはどうして自分にスタンド能力が効かないのか、だ。いやでも、だからってまさかそういう展開になるのか。するつもりはもちろんないがヘタなことできない。筒抜けとか。
いや、自分の身の安全には変えられないのだけれども。


「うん、では手配しよう。とはいえ明日は急すぎて準備が整わないだろう。家まで俺が送るが、家の場所は?」
「えっ、家?露伴先生の家…?」



あ、今全員が何言ってんだこいつって顔をしたのがわかった気がする。

顔が熱くなるのを感じる。そうだよな、ここは自宅のことを聞かれてるよな。アホかな自分。
すみません、冗談で…と杏子は肩をすくめてそして思い出す。
あれ、そういえば自分は家なき子では。一番の問題点ここでは。


「ええっと…あの、実家…なんですが…」


今すぐ頭を抱えたい。頭が痛い。いや、本当に傷があるから痛いのだが別の意味でも痛い。
どこなんだ早く言えと言わんばかりの視線が突き刺さっている。気がする。あぁ、なんて言おう。素直に東京ですと言っていいのか。なんなら実家は多分ここから8時間くらい時間かかると思う。それに今この時代、私がいるとしたら本来あんよが上手をしているレベルのベイビーなんですけど。


「……えっと、その……」
「…承太郎さん、僕から言うのもなんですけど、彼女、家出してるんですよ」


杏子を含め、高校生3人組から『えっ』と声が上がる。杏子まで声をあげたことにその場の全員の視線が杏子へ集まった。杏子はと言えば、ありがたいがデタラメを言い出した露伴へと反射的に視線を向けた。露伴は黙っておけと言わんばかりにこちらをひと睨みしてから、承太郎へ視線を戻す。


「ちなみに実家は東京、行くあてがない上に金もスられたってんで僕の家に。まぁ、そんな境遇になる大学生の心情やら家庭事情やらを知りたかったってのもありましてね。だから招き入れて、スタンドも使おうとした」


ぐっと押し黙って露伴の主張に耳を傾ける。よくつらつらと出てくることだ。


「結局、ほとんどスタンド能力は使えませんでしたが、ただ放り出すのもアレなんで置いてやる代わりに言える範囲で家出の理由だのを聞き出そうとしてたってわけですよ。ま、そんな境遇じゃ話せることも少なかったようでこっちもやきもきしてたんですがね…そのタイミングで康一君と出会って今回のことが起こったってとこです」


"やきもき"の部分をえらく強調して杏子をちらりと伺いつつ、事のあらましを軽くねつ造しながら簡潔に説明してみせた露伴。


「そんなわけで彼女からは話しにくい、そして彼女の主張は帰ることができない、というわけです」


最後にそう締めくくって、露伴が話を終える。シン…と病室が静まり返った。少しの間を置いてから「なるほどな、」とひとりごちる承太郎の声がやたら響いて聞こえた気がした。杏子の様子を伺うように、そっと向けられた承太郎と視線がかち合う。とっさに声が出ず、控えめに首を傾げた。


「…言いたくなければそれで構わないが、家出の理由は?」
「……あ、あー…えっと、すみません…」


それは考えてないですね、が本音である。家族仲が悪いなどと言うこともなく、酷い親だったなどと言うのも気が引けた。かち合っていた視線をそろっと外して、モゴモゴと口を動かして答える。承太郎の視線は露伴へ移ったが、露伴も首を振る。


「僕も理由を聞き出そうとしましたけど知りません。…あぁ、そういえば、能力自体は全く効かないとも言えないかもしれない。僕は確かに彼女の記憶の一部は見たので。そこで帰れないことは知りました」
「……ふむ…」


承太郎は再び考え込む。


「詳しい事情はわからないが、ある程度はわかった。つまり君は帰る場所が無く、帰るための資金も無い。それ以前に帰る気がないということだな」
「…はい、そうです」
「…なるほど。そう言うことなら、この杜王町に滞在しているのがいいだろう。滞在中のことはある程度こちらで配慮しよう」
「おぉ…お世話に、なります……」


そんなご厚意に甘えていいのか、と目を丸くしてしまった。しかし悠長なことを言っていられないのも確かだった。
正直成人して、一文無しで、人様に何もかもを世話になるとは思わなかった。露伴には、一応ネタ提供という名の辱め……ではなくバイトのようなものがあったわけだが、つまり財団の世話になるというのは何か仕事が与えられるのだろうか。
何かできることがあればいいのだが、ひとまずは怪我を治すことが今の私の仕事であるとして今日は解散することになったのだった。



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