中編
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突然現れた少年は、執事のテレンス・T・ダービーに世話を任せることにした。
普段ならうるさく言いそうなエンヤ婆は息子の敵討ちと銘打って承太郎たちの始末に向かっていた。
もちろん、テレンスにだってDIOが何故この少年を殺さないのかと抗議したい気持ちはあったが、そんなことをしたら何をされるかわかったものでもない。忠誠を誓ったのなら、命令に従順になるだけだ。
少年は顔や手といった、肌のむき出している部分にほんの少し切り傷を負っていたりしたが、それ以外は何もかもがいたって普通。健康そのもののようだった。
ところが少年は突然現れたその日から3日眠り続けた。
ようやく起きた少年が世話をしにやってきたテレンスを見て、そして緩慢な動きで寝かされていた暗い部屋を見渡して、第一声が「ここ、どこっスか…」だった。
暢気なものだ。DIOに使い道がないと知られれば殺されるだろうに。
テレンスは内心毒づきながらもにこり、と人当たりの良い表情を浮かべて少年に名乗り、説明をしてやった。
ここがエジプト、カイロにあるとあるお屋敷で、主人の目の前に突然現れた君を保護したのだと。
別段驚いた様子もなく、テレンスの話を聞いていた少年は寝かされていたベッドの上に正座し頭を下げてきた。それには一瞬ギョッとしたテレンスだが、相手が名乗ってくれたことで納得した。
「俺は東方盛助って言います。助けてもらってありがとうございました」
彫りの深い顔立ち、そして澄んだ青い瞳がそれらしく見せなかったが、彼は日本人だ。暗い室内に溶け込むような黒髪もまたそうだと主張しているかのように見えた。
「いいえ。ともあれ、気が付いて良かったです。食事はできそうですか?一口でも口に含むのが良いでしょう」
「あー、はい、大丈夫っス…。いただきます」
「それは良かった。なにせ3日も眠っていましたからね。食べなくては体力も落ちるばかりでいけません」
「え、は…?ちょ、待って、3日…!?」
少年はここで初めて驚いた声をあげ、ガバッと下げていた頭を上げた。反応の薄い子供だと思っていたが、そうではないらしい。
どういうことだ…まさか…と頭を抱える少年。
「いかがなさいました?」
「え…あ、いや…あの、変なこと聞いても、いいッスかね…?」
話すべきか迷ったのか、ほんの少し視線を彷徨わせた後、少年はしっかりとテレンスに視線を合わせた。その瞳は不安に揺れているのに、ひどく真っ直ぐとした意思をうかがわせる、不思議なものだった。
思わずごくりと喉がなった。それを悟られまいと、テレンスはにこりと微笑み、構いませんともと答えたことをすぐに後悔する。
「あー…今って、その…1999年で合ってます?」
「……はい?」
「その反応はやっぱし違うっつーことッスよね…。今は、何年すか…?」
気まずそうに視線を逸らし、頭をかく少年の言っていることが、どうも態度から冗談に思えない。
私の手にはあまる…そう判断したテレンスは考えることを半ば放棄した。それでもまずは食事を…となんとか声を絞り出し、やはり人当たりの良い笑顔を浮かべて見せた。我ながら称賛したいもんだ。
「……はい、いただきます…」
存外、素直に頷いてくれた彼に内心驚きながらもテレンスは食事を取りにその部屋を後にした。
「やっぱり信じてもらえねぇよな、スタンドなんていう妙な力のせいなんてよー…」
少年こと、東方盛助は寝かされていたベッドから気だるげに足を投げ出し、またぽりぽりと頭をかいて、そしてため息を1つこぼしたのだった。
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