中編
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通されたのはやはり暗い部屋だった。夜だからなのか、それともきっちり日光が入らないように締め切られた窓のせいなのか。燭台の明かりだけが頼りなくゆらゆら揺れ、部屋を照らしている。過去に遡ってしまった今、身につけていた時計はその動きを止め、一切役に立たない。
「連れてまいりました」
テレンスが跪き、声をかける。薄暗い室内でこちらを向き佇むのは1人の男。暗い室内に映える金髪、均整のとれた顔は凛々しくも色気を帯びている。そして筋肉質な体付きをしているのにしなやかな腰付きは、女であれば惚れ惚れするものがあるだろう。
しかしこの男はこの世の邪悪を集めた、人ではない何か恐ろしい怪物ではないかと思えるほどに、恐ろしさを孕んでいた。背筋がゾクリと震え、盛助の頬に冷や汗が伝う。なんだというのだ、この威圧感は。
「君が東方盛助か」
「っ、はいッス…」
ドス黒い闇を孕んだような、なんとも表現しがたい声、それでいて艶めいていてその低さが心地よいとも言える、抗いたくとも抗いがたい、そんな声に呼ばれ、思わず背筋がピンと伸びる。この人は、完成された、いわゆる完璧な人間なのではないだろうか、そう錯覚してしまうほどに非の打ち所がない。
鮮血のように鮮やかな赤眼が盛助を捉える。助けてもらった、その筈なのに、捕らえられた、そして逃げることは許されない、そんな感覚に陥るのは何故なのだろう。
「わたしの名はDIO…。君の話を是非聞きたいんだが、いいかね?」
「……俺の、スタンドのこと、ですか」
DIO…どこかで聞いたことのあるような名前だ。知らないのに知っている。そんな不思議な感覚を覚えながらも、彼に対する緊張が喉を乾かす。紡がれた言葉は情けないことに掠れていた。盛助の問いかけに、DIOはふふふ、と妖しく笑う。
「それも含めて、色々とな。聞きたいのだ、10年も先の未来の話が」
さぁ、と埃っぽいソファに座るよう促され、そこへ吸い込まれるようにストンと腰を下ろす。向かいのソファへどかりと腰を下ろし、優雅に足を組んでこちらを見据えるDIOの視線に、思わず唾を飲み込んだ。無意識に逃げ場を探して動かした縋るような視線が、入口の方、テレンスへと向けられたが、そこにはもうテレンスの姿はなく、すでにDIOが目配せをしてこの部屋から立ち去っていたようだった。
視線をそろそろとDIOへと戻すと、そこには妖艶に笑う姿。言葉にされずともわかる。彼は早く話してほしい、そう思っている。そしてそう気長ではないだろう。
じわじわと心を侵食して来る恐怖が、自分を完全に飲み込んでしまう前に、その前に彼の求める話をしなければ。
「お、れも…スタンドについて詳しく?なったのは、その…最近なんで、アレなんすけど…」
「構わん。そのきっかけは何だったのだ?」
前のめりに腰を下ろしていたDIOが、背もたれへともたれかかる。その分いくらかは彼からの威圧感が消え、内心ホッと息をつく。
「俺の住んでる町に、空条承太郎って人が来て…」
「…ほぅ?それで?」
「じょう…あー、えっと、その空条さんて人のおじいさんが実は父親で、遺産がどうのって話だったんスけど、そのじいさんもスタンド使いで、俺らのこと念写?してみたら俺ら以外のスタンドらしき影が出たから気をつけろって言われて、そっから色々と巻き込まれ…いや、俺は避けてるんで、双子の兄だけの話ではあるんですけど」
「そのじいさんと言うのは、ジョセフ・ジョースターか?」
「そんで……っえ?よくわかりましたね」
それでは次は自分のスタンドの話をわかる限り、とし出そうとした時だった。DIOは盛助へと質問を投げかけて来た。名前を当てるゲームをしていたわけでもない。ましてやその父親は承太郎や盛助とも苗字が異なるし、確かアメリカ人だった。それをピタリと当ててみせたのだ。
不思議に思って首を傾げた。そうしてふと思い出す。もう自分には関係のないことなのだと思って、頭の隅に追いやっていたことがある。12年前、仗助と共に高熱で倒れたちょうどその時だったらしい。その元凶はDIOと言う男で、そう、エジプトへ承太郎たちは……。
「生きていると?12年後、承太郎とジョセフが?」
「…っ!」
あぁ、なんてことだ。この男を怒らせた。DIOから目を離さなかった。だと言うのに座っていたはずの彼は突如目の前に立ちふさがった。一瞬、いや、その瞬間すらなかったように思えるほどに間も無く起こった状況に、頭で理解が追いつかない。
「どうなのだ?生きているのか?」
「…っ、ぁ…」
ずいっと顔を近付けられて、息がつまる。この男には勝てない、そもそも戦いなど挑んではならない、心がそう叫ぶ。
ゆっくりと首を縦に振る。答えなければどうなるかわからない。目の前の男の目が細まった。
「君はそれがどういうことを意味するかわかるかね?」
「わかり、ません……」
「ならば教えてやろう!空条承太郎も!ジョセフ・ジョースターも!このDIOの宿敵だ!さらに言うなら貴様もだ、東方盛助!ジョースター家は我が敵…このわたしが根絶やす!だと言うのに12年後生きているだと?あり得ん、あり得んことだ!このDIOが奴らごときに負けるなど!あり得てはならんのだ!!」
「がっ…!」
言葉に熱がこもる。DIOの背後に彼のスタンドが現れる。煌々とした金色のボディ、そのたくましい腕が伸び、盛助の首を掴み上げた。
ギリギリと首を締め上げられ、酸素を取り入れることができなくなる。その腕を取り払おうにも、スタンドはスタンドにしか触れられない。そもそも自分のスタンドがこんなに力のあるスタンドに勝てるはずもない。
「貴様のことは利用してやろうと思っていたが、やはりやめだ、東方盛助」
「ぅぐっ…」
だんだんと薄れてゆく意識の中、死への恐怖が盛助を蝕んでいく。
いやだ、死にたくない、苦しい、いやだ…。
カチコチと、時計の針の音が聞こえてくる。次の瞬間には盛助の体はソファに落ちていた。
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