中編

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「ゴホッ、ぅ…ケホ…ッ!」


ソファに座って、というよりは落ちて、むせ返る。乱れる呼吸を整えながら、まだじりじりと痛むのど元を押さえ、身を縮めた。

あぁ…生きている…。


「どうしたのだ盛助、急に咳き込んだりして」
「ッ、いえ、なんでも…えーっと、どこまで、話したんですっけ?」
「何を言う。まだ何も話していないではないか」


先ほどまでスタンドを出現させ、盛助の首を締めあげて殺そうとしていた男は、いつのまにやらソファにかけて話の先を促している。まるで何事もなかったかのように…。
いや、実際彼にとっては何も起こっていないのだ。盛助が彼を怒らせたのも、そうして彼の首を締めあげたことも、まだ怒っていない未来の出来事になったのだ。

時間を戻す――もっと正確に言えば過去絵のタイムリープ。それが盛助のスタンド能力だった。そして未来に起きた出来事を覚えているのは、盛助のみである。

次第に喉に残っていた痛みが引いていく。強く絞めつけられたことでついていたであろう圧迫痕も、おそらく跡形もなく消えただろう。


「…(今回はここまで戻ったか…)」


DIOの体勢から鑑みるに、まだ自分は何故スタンドについて知ることになったのか、そのきっかけを問われ、その答えを話していない、そんな場面まで戻ったのだろう。
そこまで考えてやや乱れ気味だった呼吸は落ち着いた。そしてホッと息をつく…ことはできなかった。
ここから先、言葉選びを間違えればまた同じ結末になる。時間を戻せるといっても痛みはその都度味わうのだ。何としても、死を体感することは避けなければならない。嫌な汗がツーっと背中を伝うのを感じた。


「どうした、早く話してくれないか」


なかなか話し出さない盛助に、さらに最速する言葉を投げかけるDIO。次は間違えられない…いや、間違えてはならない。なら、どうするのか…。ごくりと喉を鳴らして、意を決する。


「……あの、まずは俺のスタンドの話からさしてもらっていいですかね」
「ほう…?いいだろう、話してみなさい」


DIOは優しく言葉を投げかけてくる。しかし、これがこの男の本章でないということは既に知れているのだ。
これは賭けだ。自分自身の有用性を、ほんの少しでもこの男に示さなければ。そうでなければ殺される。
だから、スタンド能力を語るのだ。スタンド能力が相手に知れること。それは弱点を晒したも同然。倒すことができるか出来ないか、それは正直問題ではない。この男に、降参した犬のように、腹を見せてやるのだ。


「俺のスタンドの能力は、過去へのタイムリープ、ってやつです。恐らく俺がここに来たのもその能力のせい。意識失ってたのは反動っすかね、10数年遡ったわけですし。まぁ、見ての通り、使いこなせちゃいないんですけど」
「使いこなせていない?何故そう言い切れる」


ずいっと身を乗り出すように、両腕を自身の膝に乗せ、伺ってくるDIO。興味を惹かれたことがありありと見える、そんな態度に盛助はひとまず安心する。


「俺のスタンド能力の発動には条件があります」
「条件?」

「そう、いつでもどこでも発動できる能力ってわけじゃないんすよ。まぁ、条件つっても簡単なことッス。俺がただ思うだけ…"死にたくない"って」


兄、仗助の傷付いたり壊れた物を治す・直す能力のような優しい能力とは真逆。自分のことしか考えていないような、身勝手な能力。それに加えて制御ができていない。こんな能力では、祖父を救うことさえ叶わなかったのだから…。自嘲気味に笑ったその様は、DIOにはどう映っただろう。いや今はそのようなことはどうでもいい。目の前の相手が、自分の有用性を見出してくれさえすれば、きっと殺されなくて済む。あの恐ろしさを味わう必要だってなくなる。ふむ、と少し考えた様子のDIOはほんの少し、気をつけていないとわからないくらい小さく口端を上げてから微笑んだ。


「なるほど?いいだろう、盛助。ならばその力、私が制御できるよう協力しよう」
「えっ…」
「今のままでは不便だろう。使いたいときに使えるようになれば、盛助、君は死の恐怖に怯えることはなくなる」


まさかそこまで言わせるとは、思いもしなかった。ゴクリと喉がなる。やはりと言ったからには自分は"敵"に分類されるはずなのに、あまつさえ育てようなんて。
微笑を浮かべるDIOから目が離せない。一先ず生き長らえたことに安堵したいところだが、それができない。彼の微笑みがひどく冷たいものに思えてしまったからだ。


「ついさっき、アンタに、ジョースター家だからって、殺されかけたのに…?」


気付けば口が動いていた。
さぞ自分の顔は恐怖に引きつっていただろう。
一方DIOはというと一瞬目を見開いたかと思うとすぐに元どおりの表情になって囁くように盛助へ語りかける。


「…ほう、既に一度死の恐怖を体験していると…?ならば話は早いではないか。このDIOに貴様は恐怖した。同じ恐怖を味わうのはもう懲り懲りだろう、東方盛助」


優しい表情のDIOは続ける。優しいはずなのに、やはりひどく冷たい印象を受けた。


「私と友達になろう。東方盛助。能力を扱えるようになって私に協力をしてくれ。そうすれば、君がジョースターの血筋であることは不問としよう」


どうだ?と手が差し伸べられる。
その手を取れば、DIOは満足そうに口元を歪める。先程自分の首を締め上げた手が、今は自分の手をしっかりと握っている。
満足げなDIOが離れ、盛助に部屋へ戻るよう促す。テレンスがやってきて先程いた部屋が盛助にそのままあてがわれると説明を受けた。

部屋に戻るとぷつりと緊張の糸が切れて、盛助は部屋の入り口にヘタリ込む。
うまく、いった。ひとまず、生き延びた。
ずるずると体を引きずるようにして、移動する。ひどく疲れた。今日はもう、眠ってしまおう。そう思い至ってベッドまでやってくれば、もはや気絶するようにストンと眠りについたのだった。



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