番外編

□振り回しているのはどっち
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12月24日。世間ではクリスマスイブとして恋人や家族とお出かけしたり、ご馳走を食べてケーキを食べたりするイベント。特に恋人同士でロマンチックな一夜を過ごすのは、世の女性にとっては憧れ、なのではないだろうか。現に私だって、ほんのちょっぴり、憧れていたりする。だというのに…


「何が楽しくて私は露伴先生なんかのお仕事に付き合ってんでしょうね」
「おい、聞こえてるぞ」
「あら失礼」


しまった。つい本音が。おかしいな、普段はこんなことぽろりと漏らすことないのに、寒さで口の締まりがゆるくなってしまったんだろうか。
冬は好きだけど、東京都民だった私がM県の冬の寒さに耐えられるわけがないのである。S市内でも特に有名なイルミネーションスポット、もといデートスポットなる場所に取材に行くとのたまった露伴先生に、全力で断りたかったのに文字通り引っ張り出されてやってきた。寒い。
ここまで言えばお分かりいただけるだろうか。今私たちは外にいる。しかもかれこれ15分は外にいるのだ、私と露伴大先生は。歩いているならまだしも立ち止まって。そして先生はスケッチブックで道行く恋人たちをスケッチしている。手がかじかんだりしないのかな。この人の手、実は機械だったのでは。
ぶるりと寒さに体を震わせる。あー、帰って暖房の前に居座りたい。


「…ん、時間だな。そろそろ行くか」


あと数分もすれば確実に風邪を引く。そう思いながらこれ以上体の熱を逃がさないため、コートのポケットに手を突っ込んで体を縮めていると、ふと時計を見た先生が何やら言って、おもむろに私の腕を引っ張った。急になんだ。


「えっ、なに…!?」
「いいから歩けよ」
「ちょ、わかったから引っ張らないでっ!」


だから歩幅が違うから小走りなるんだといつも言って、ないけど。気を使ってほしい。付き合ってあげてるのはこっちだというのに本当に自分勝手な人。
ポケットに手を突っ込んだままでは万が一転んでも受け身が取れないので慌てて入れていた手を出す。その分ほんの少しだけ出来た先生との距離を、駆け寄って埋める。
ようやく隣に並んで歩き始めた私を一瞥する露伴先生の歩調が、少し緩まって、思わず先生を見上げた。


「…冷えてるな。もっと寄ったらどうだ?」
「ファッ!?」


するりと先生の手が腕から降りて、私の手を絡め取る。普段の彼からは考えられない行動に思わず奇声を発し、慣れない男の人と手を繋ぐという行為に顔に熱が集まった。なにが、おきている…?
思わず言われたこととは反対に距離を置こうとした私を見逃さなかった先生は、繋ぎ方をいわゆる恋人つなぎに変えてきて、いっそ距離が縮まる。なにが!おきている!?


「ほら、こうした方があったかいだろ」


言いながら顔を近付けてくる先生。あぁもう、タチが悪い。密着した腕から、温もりが伝わってくる。先生の温もりが…。いや正直それどころではなく体が熱い。顔なんて特にだ。絶対に赤くなっている顔を見られたくなくて、ふぃっと顔を逸らしてせめてもの抵抗を見せることにする。この人の中でなにが起きたらこんな行動を起こすようになるというの、謎なんだけど。
やんわりと、しかしそれでいてしっかりと繋がれた手から逃れられず、いつの間にやら高鳴っていた心臓の鼓動が聞こえやしないか心配になる私を他所に、先生は話を続ける。


「レストランを予約したんだ。これからそこへ行く」
「ひ、ぇ、あ…そうですか……」
「高級レストランだぜ、喜べよ。杏子、君のために予約を取ったんだ」
「っ!っ、な、なんか今日、先生…いつもより、へん…」


冗談なら冗談と早く言ってほしい。紡ぎ出された言葉に、もはやキャパオーバーである。恥ずかしすぎて泣きそうだ。素直に喜んでいいのかわからなくて頬が変に痙攣する。そろそろと見上げた露伴先生は、情けない顔をしているであろう私の顔を見ても、いつもみたいに笑わない。むしろ、すごく、優しい顔をしていて…。


「なんだよ、嫌だったか?おかしいな、女の子はこういうことに憧れを持ってるもんだと思っていたんだが」
「〜〜〜っ!」


あぁもう、言葉が出てこない。この人には記憶を読まれることはなくても、こちらの考えは全部筒抜けであるとすら思えてしまう。えぇ、憧れです、憧れですとも。


「僕だって必死なんだぜ、好きな子の気を引くために、ね」
「す…っ!?」
「散々振り回されたんだからな、今日くらい付き合えよ。遊びでもいいから、恋人として」
「……し、しかたないですねっ」


よく言う。ずっと前から私を振り回しておいて。

でもそう言うならもう少しだけ、もう少しだけこの人を振り回してみせよう。素直になるのは、そう、日付が変わってからでもきっと遅くない。



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