企画

□この手をとって
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「………」

「………」


本屋で一人の女子とバッチリ目が合った。

同じ学校の制服に身を包んで、目を驚きにまん丸く見開いた彼女の顔から手へと、そうすることが当たり前と言わんばかりに自然と視線が落ち。そして後悔した。

その手に握られていたのは今まさに鞄に入れようとしていた雑誌。慌ててその雑誌を鞄から出して、落としてバサバサと音を立てながら棚へ戻そうとするその姿。

万引き…ーー面倒な場面に出くわしてしまったと気づいて、目撃者である吉良吉影は騒ぎになる前にこの場から去ろうと女から視線を外し、踵を返した。
バサリ、と本が置かれる特有の音を聞いて、女も諦めたのだろうと察すれば自然と安堵のため息がこぼれた。


「ちょっと来てッ…!」


のも束の間。背後からがっしりと腕を掴まれ、女が素早く自分を追い越したと思えばぐいんとそのまま引かれていく。


「おいッ!」


嫌な展開に声を掛けるが、女はそれが聞こえないのか。いや、ここで逃してしまったら警察にでも駆け込まれると思っているのか。とにかくこちらの声には聞く耳を持たないようだった。
振り払っても良かったが、この時点で店にいる人たちの注目を浴びてしまっていて、そうすることは躊躇われてしまった。
あぁ全く、面倒なことになった。



「その…このことはぁ〜…」
「………」


連れ込まれたのは人気のない路地裏。誰にも言わないでほしい、と消え入りそうな声を漏らし、視線を彷徨わせながらも掴んだ手を離さない女に眉をしかめる。面倒ごとに首を突っ込んで注目を浴びるのを避けるため、元々誰かに言いつけるつもりなど毛頭なかったのに。
盛大にため息を吐くと女はビクリと体を震わせた。泣きそうな目がこちらを見つめ、震える唇がまた動き出す。


「あ、あのっ、私写真家目指してるんだけれどッ、この前カメラを新しく買ったら金欠になってしまって…それに受験生なのにテストで悪い点取ってしまってお小遣いも貰えなくって、それでちょっと、あの…魔が差してしまった、というか…」


そして始まったのは怒涛の言い訳だ。そんなことは本当に、毛ほどの興味もない。頭が痛くなってきた。


「なんでもするから誰にもこのことは言わないで…!な、なんなら今は少ないけどお金…!あ"ーっ!」


ようやく手を離したと思えば今度はおもむろに自分のカバンに手を突っ込んで財布を取り出そうとして、何かの紙のようなものが入った袋をぶちまけた。盛大に声を上げてそれらをかき集め始めた女。
さて、ここらでもう退散してもいいだろう。盛大にため息をついて、路地の出口に向けて歩き出す。あ、待って、と声をかけてくる女に、せめて精々一言くらい言っておいてやろう。学校までつきまとわれたら迷惑極まりない。


「言っておくが、僕は…」


通り過ぎた女に振り返り、そこで言葉を止める。目に入ったのは先程散らばった紙、ではなく写真。
そのうちの一枚がふと目にとまる。
言葉も動作も止めたため、女も不思議に思ったのだろう。ピタリと写真をかき集める手を止めたのが視界の端にうつる。

目にとまったその一枚を手に取れば、えっと小さく漏れる女の声が聞こえたような気がした。

写真をじっと見つめる。そこに写っていたのは誰かの手。
流れるような線で縁取られた長く美しい指。指先に綺麗にはめ込まれた形の良い爪は、明るい貝殻のように光沢を帯びている。さらに手の甲はまさしく白魚のように美しく、なんだか汚してしまいそうでその手に触れるのは憚られた。


「…君、さっきなんでもすると、そう言ったよな?」
「へ!?あっ、えぇ、言った、けれども…」




ようやく口を開いた吉良に、困惑した様子で返事をする。
なら…と彼女を見下ろしたまま小さく口元を釣り上げた、美しくも恐ろしさを孕んだ微笑に、今度は彼女の後悔の念が大きく膨らんだのだった。



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