短編

□恋の始まりは
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杜王町、駅前。
自宅へ向かうためのバスに乗るため、工事中のビルの前を歩く。明日の授業はなんだっけとか、そういえば宿題出てたからやらなくちゃ、なんて考えて、時計を確認すると、バスの時間まであと10分。
余裕だな、と思って歩く速度をほんの少し緩めて上機嫌に鼻唄を歌う。


ガシャン!と頭上から大きな音がして、首を傾げた。一緒に聞こえてくるのは頭上からの危ない!と叫ぶ声と、周辺からの悲鳴。見上げればそこには迫りくる鉄骨。


あ、死んじゃう、私―――


車に轢かれた時みたいに死ぬ直前って景色がゆっくりにみえるとか、本当だったんだ。スローモーションで迫ってくる鉄骨から逃れられそうにない。せめてもの抵抗か、それとも死ぬという恐怖からか、すぐさま身を屈めて頭を抱えてうずくまった。




ガオン!ドゴォンガシャン!


けたたましい音を立てて鉄骨が地面に落ちた。コンクリートが鉄骨に破壊され、砕けて散った塵がパラパラと音を立てている。

土煙が立ち込め、噎せてしまう。げほげほと数回咳き込んで、思った。あれ?私、生きてる?


「大丈夫か?」


状況が呑み込めず、呆然とかがんだままでいると声をかけられた。見上げるとそこには二人の高校生。一人は同じ学校に通う人気者、東方くんだった。もう1人は、最近よく一緒にいるのを見かけるいかつい顔をした男の子。申し訳ないが名前は知らない。


「運良かったなー。すげー強い風が吹いて鉄骨の軌道がほんのちょぴっと変わってよ、助かったんだぜ、あんた」


にかっとまぶしい笑顔が向けられる。なるほど、ハンサムだ。女の子たちが黄色い声援を送るのもわかる。
東方くんは手を差し伸べてくれて、私を立たせてくれた。ありがとうとお礼を述べると大したことじゃねぇよとまた笑ってくれる。
ちらりと彼の背後に見えた、名前のわからない男の子は居心地悪そうにそっぽを向いて頬を掻いていた。その姿が照れているようにも見えて、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけどかわいいと思ってしまった。失礼かな。

じゃあな、と手を振る東方くんとその隣で片手だけ挙げて名前のわからない彼が去っていくのを、軽く手を振って見送る。
初めて話したけど、いい人だったな、東方くん。
確証はないけど、なんとなく助けてくれたのはあの人たちなんじゃないかと直感した。だって、風なんて吹いていなかったんだもの。
もしかしたら東方くんの言う通りなのかもしれないけれど、ちょっとくらい不思議な力を信じてみたっていいじゃない。

もう一度、ちゃんとお礼を言いたいな。
そして、名前を知らないあの男の子の名前も、きけたらいいな…。
そう思いをはせながら、不思議な体験にふわふわした気持ちのまま、私は帰路についたのであった。



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