短編

□恋の始まりは
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数日後。特にあれから相変わらずの学生生活を私は送っていた。変わったことがあるとすれば、あの時助けてくれたと勝手に思っている彼らのことをよく考えるようになったこと、だろうか。
東方くんとあの男の子のことを見かけることはあっても、楽しそうに話す二人に割って入ってまで確証のないことに対してお礼を言いに行ったりできなかった。

ただ一つの進展があったとすれば、あの男の子が虹村億泰くんという名前である、とわかったことだけ。



「それじゃ、係の人はノートを集めて職員室に持ってきてくださいね。号令ー」
「きりーつ、れーい」
「「「ありがとうございましたー」」」


先生の号令と、間延びした挨拶で授業が終わった。先生の言う係とは私ともう一人の友達だが、あいにく相方は体調不良でお休み。
よろしくーと私の机に重ねられていくノートたち。30数人分のノートが集まったのを確認して、それらを持ち上げる。
休み時間は長くないからさっさと行ってさっさと帰ってこよう。


早足に職員室へ向かう。積み上げられたノートがぐらぐら揺れる。誰かに手伝ってもらえばよかったな、と今さら後悔した。
職員室の前に着く。ちょっと申し訳ないけど両手がふさがっているので扉は足で開けちゃお。そう思って一歩扉に近付いた。


「すいませんっしたー、失礼しまーす」


がらがらと扉が開けられて誰かが職員室から出てきた。目の前にいた、しかも扉を足で開けようと片足立ちになっていた私はそれにぶつかって尻餅をついてしまう。バサバサとノートが地面に落ちていった。


「うお、わりー、見てなくってよー」
「あ、いや、私も。すみません」


いたた、とお尻をさすりながら立ち上がる。謝ってからぶつかった相手を見上げてあっと声を上げた。
彼だ、虹村くんだった。


「拾わなくていいのか?」
「あっ、はい、拾います拾います」


お礼言わなきゃ、と思っていたら散らばったノートを指される。そうだ、今はそんなことしてる場合じゃないや。
そそくさと拾い始めると、あろうことか虹村くんはノートを拾うのを手伝いはじめた。正直放置されるだろうと思っていたので、彼の行動に思わず手が止まってしまう。だって、こう、不良じゃない、見た目。
ひょいひょいとノートを集めていく虹村くん。失礼なこと考えてないで私も集めなきゃ。慌てて散らばったノートをかき集める。
最後の一冊に手を伸ばすと、大きな手伸びてきて、指先が触れ合った。


「「あっ」」


お互い声を上げて、かがんだまま顔を上げると思った以上に近くにいてびっくりした。ばっちりと目が合って、虹村くんは横に、私は下に視線を逸らす。なんだか照れくさくなって、下を向いたまま最後の一冊を拾い上げて立ち上がった。



「あの、ありがとうございます。拾うの手伝ってくれて」
「お、おー、ぶつかっちまったのは俺だしよぉ〜。気にすんなよ」


片手で、ほぼ半分あるノートを抱えて目線を逸らしながら頬を掻く虹村くん。あ、この仕草、駅前で見たのと同じだ。やっぱり、ちょっとかわいい。


「あの、この前も、ありがとうございます。駅前のこと。覚えてないかもしれないですけど」


タイミングは今しかない。そんな気がして言ったら、虹村くんが目を点にしてこちらを向いた。頭にははてなが浮かんでいるように見える。錯覚だけど。
首を傾げて、私をまじまじと見た後、あー!と声を上げられた時にはびっくりしたけど、咎める気にはならない。


「あれはよー、えーっと、仗助が言ったとおりだぜ。気にすんなよな。それでお礼言われても、なんかこー、むずむずするぜー」
「そうかもしれないけど、なんとなく、お礼言わなきゃと思ったので」
「変なやつだなー、あんた。つーかよぉ、敬語もいらねーぜ、おんなじ学年だろ」
「あ、そっか…じゃあ改めてありがとう虹村くん。東方くんにも、伝えてもらえると嬉しいな」
「自分で言やぁいいじゃねぇかよー、なんか変なかんじすんじゃねぇか」
「そうかな?」
「そうだぜー」


そっかーと返せばそうだぜーとまた返ってくるもんだから笑ってしまう。そうすると虹村くんもにかっと笑った。
案外話せば、面白い人、なのかもしれない。
いかついから勘違いされてしまうんだろうな。

最終的にそれなりに仲良くなって、集めたノートも先生の机に運ぶのを虹村くんは手伝ってくれた。教室に戻るまでも話していたけど、お礼言うタイミングがーと話していたら昼休み来いよ、なんて誘ってくれたり、それ以外の話題も弾む。なかなか気さくだ。

素直にありがとうと言うとまた照れくさそうに頬を掻く。何度か見かけたその仕草。
あぁ、どうしよう。ほんのちょっとだけだったのに、彼のこの仕草が酷く愛しいものに感じる。胸がぽかぽかとあったかいような…。


あぁ、私きっと、あの時、初めてあの仕草を見たあの時から惹かれていたんだ。
今まで意識していなかっただけで、私は初めてあの時意識したんだ。
助けてもらったんだ、と思っていたけど、お礼を言いたいと思っていたけど、きっとあなたと話す理由が欲しかったんだ。

もっとあなたのことが知りたくなった。
もっともっと私のことを知ってほしくなった。

これは恋だ。
かなうかなんて知らない。
でもそう、まずは、私と同じようにあなたが私を意識してくれることを目指そう。





恋の始まりは意識するところから

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